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孤独の正体を知らないと、人は孤独になる。

僕は孤独が好きだ。

仲間と大勢でいるよりも、一人で引きこもって新しい発見をしてるのが好きなので、普段は極力、人と会わないようにしている。どこかに出掛けるのも、なるべく人のいない平日の昼間を選ぶし、仕事も食事もお酒もちょっとした休憩でカフェに寄るときも、常に一人で楽しみたいタイプの人間だ。

そんな感じで生きてるので、たまに「寂しくないの?」と聞かれるが、僕はむしろ「誰かといて疲れない?」と疑問を持っているくらいだ。

でもそれは、昔からそうだったわけではなく、どちらかと言えばもともと寂しがり屋な性格をしている気がする。
ではなぜ、一人ぼっちで行動しているのに孤独感を感じないのかと考えてみたところ、思い当ったのが「SNS」だ。

この答えに気付かされたのは、一冊の本にあった一言で、それは

「話を聞かれないと人は孤独になる。」という衝撃の一言だった。


思わず「なるほど!」と膝を打つ勢いで納得してしまった。これほど的を得た一言はないんじゃないかと嬉しくなってしまうレベルだ。

よくよく考えてみれば当たり前のことなんだろう。人は話を聞いてもらえない時に、孤独を感じるのだ。

ではなぜ孤独に一人でなにもかもを楽しんでいるのに、誰かに話を聞いてもらえているのか。
それは先程の「SNS」の話になる。

携帯電話が2Gを実装した頃、この「SNS」の走りが世に出てきてから、僕はなにげなく記事を書き始め、ものの見事に今の今までドハマリしている。
それは、記事を書くことにハマっているわけではなく、読んでくれた人からもらえるリアクションにハマっていたのだ。

「話を聞いてもらえている」という実感がさらに僕を掻き立て、「もっと面白い発見をしてリアクションをもらおう」という原動力になり、そして気づけば立派なぼっちのおじさんが完成するに至ったわけだ。

最近、noteにハマっているのはまさにこれだろう。
これほど気軽にリアクションをもらえるSNSは他にないような気がする。

しかし、記事のアクセス状況を見てみると、アクセス数とスキの数が合わない。それはnoteあるあるで、単純に「読んでないけどスキを押した」という人がいるということだ。

それでも、不思議と孤独感は抹消され、充実感に満たされる。それが例え、記事を読んでないとしても。

それはつまり、「孤独は幻想である」ということが言える。

読んでもいない記事にリアクションがあっても嬉しいのは、そういうことなんだろう。
僕たちは環境や状態に関係なく、自らの実感だけで、孤独を感じているのだ。

「孤独は幻想である」
この事実を知るだけで、孤独感にさいなまれることはなくなるだろう。理由さえわかれば、あとは対策を打つだけだからだ。
人と会うのが苦手なら、インスタでもTikTokでもなんでもいい、なにかを発信して、片っ端から他のユーザーにリアクションしてみれば、必ず反応が返ってくる。

人は、なにかをされたら、お返しをしないと気が済まない動物だからだ。

わざわざ幻想に陥ってヘコむ必要はない。
君の話はきっと、どこかの誰かが聞いてくれる。大丈夫だ。

とりあえず、キャバクラでボトルでもおろしてみよう。

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