見出し画像

NFTアートの熱狂が落ち着いてきた今このタイミングで読みたいSF小説📚80'sサイバーパンク🧠と90'sサイファーパンク🔑

NFTアート/クリプトアートが注目を集めはじめた2021年頃、ふと思い出したSF小説がいくつかありました。今回のTHE TECHNOROGY NOTEのお題が「NFTアート」のため、直接的にクリプト(暗号)の記述がないものも含めてメモ的に書き記します。

まずはサイバーパンクの古典『ニューロマンサー』(1984年)を産み出したウィリアム・ギブスンが、2000年代初頭に手がけた同時代を舞台にしたシリーズ、通称 "ブルー・アント・ブックス”です。

『パターン・レコグニション』(2003)

YouTubeがサービスインする2年前に発表された『パターン・レコグニション』(2003)は、インターネット上にばら撒かれた「フッテージ」と呼ばれる作者不明の映像断片を巡ってストーリーが展開します。それぞれのフッテージはその完成度の高さと、ばらまかれた目的が謎に包まれていることで、世界中で熱狂的なファンを増やし、謎解きのためのファンコミュニティ/掲示板が作られます。その様子に新進気鋭のマーケティング会社のブルー・アントが目をつけ、新しいマーケティング手法として使えないかとクールハンターを生業とする主人公ケイスに調査を依頼するところから話が始まります。

フッテージにはステガノグラフィ(Steganography/電子透かし)が仕込まれており、そこから話が展開していきます。ステガノグラフィは、あるデータを他のデータの中に隠す技術を指す言葉で、例えば画像のピクセル値を微妙に変更することでメッセージを隠蔽する、音声ファイルの一部分にメッセージを組み込むなどの手法があります。

NFTアートは、デジタル作品の取引台帳をブロックチェーン上でトークン化することで、その作品の所有と価値を保証するとしています。『パターン・レコグニション』には暗号技術を使用している設定はありませんが、表現手段としてのデジタル画像/映像と、その分散化、大衆の熱狂を描いていた点は、NFTアートの現実世界での実現に先鞭をつけていたと言えそうです。

『スプーク・カントリー』(2007)

2作目の『スプーク・カントリー』(2007)には、臨場感アート(Locative Art)が登場します。最初に出てくる作品が、著名人が亡くなった場所で "ヴァーチャル・ライト”ならぬバイザー(ヘッドマウントディスプレイ)をかぶるとその死に様を再現した仮想現実作品を見ることができたりする。という、なかなか悪趣味な作風です。

データを書き込んだバイザー自体を作品として販売しているのか、データ自体にエディションなどが書き込まれているのか、はたまた取引台帳に履歴が残るのか。作中に具体的な販売方法は出てきませんが、デジタルアートの制作と販売のイメージを描いている点で、現代のNFTアートの地続きにある作品ではないかと考えています。

(余談①ですが、"ブルー・アント・ブックス”シリーズは、日本語版の巽孝之による解説「サイバースペースを裏返す」にもあるように、ギブスンの過去作であるスプロール三部作や橋三部作のセルフ・パロディが大量に"書き込まれている"作品としても既存読者は楽しめます。)

(余談②ですが、本書から受けた「位置情報×ARの組み合わせってありだな……」というインスパイアから、筆者は2009年に「iButterfly」という位置情報ARクーポンアプリを企画しました。アプリは2010年-2011年にかけて実証実験としてローンチされました。現在でもBIGBANG社のアプリとして遊ぶことができます。)


80年代のサイバーパンク/90年代のサイファーパンク

1980年代にSF小説のサブジャンルとしてブームになった、ギブスンに代表される「サイバーパンク(CyberPunk)」は、Cybernetics+Punkから来ている言葉です。コンピュータネットワークの普及した世界で、人体やモノやシステムが、機械と融合していった先に起こり得る、葛藤や反発や諦観が描かれてきました。

サイバーパンクをもじって、80年代後半から研究活動やメーリングリストなどを通じてサイバーセキュリティやプライバシーを重視する運動を行っていたのが「サイファーパンク(CypherPunk)」です。こちらはCypher(暗号)+Punkから来ている言葉です。

NFTアートにおけるデジタル上でのデータの唯一性の担保や購買の仕組みは、サイバーパンクの世界でもそこそこ描かれてはいますが、それがSF小説のジャンルとして表立って出てくるのは90年代に入ってのことです。

メタバースの回で取り上げた『スノウ・クラッシュ』の作者ニール・スティーヴンスンは、サイファーパンクSF小説の旗手とされました。(その結果、ビットコインの生みの親であるサトシ・ナカモトなのではないか疑惑をかけられ、2019年に「私はSatoshi Nakamotoではない宣言」を行なっています。)

数々の映像作品やガジェットの引用元になるなど、サブカルチャー的に消費されてきたサイバーパンクに対して、サイファーパンク運動は、リアル世界の改変を目指してきており、現在の仮想通貨やブロックチェーン技術の発展につながっているとされています。

『サモリオンとジェリービーンズ』(1995年)

スティーヴンスンの『サモリオンとジェリービーンズ』(1995年 タイム誌)は、メタヴァース内広告を手がける兄と、数学が得意な弟が登場する短編です。

メタバース内のデジタル・アセットを購入できるEマネーがある程度普及した世界観で、政府や既存企業にトラッキングされない自由な貨幣システムとして「クリプトクレジット」が出てきます。

この短編では暗号通貨の仕組み自体はきちんと描かれていませんが、ヴァーチャル国民国家「第一分散型共和国」の通貨という説明があり、ある種パンクなものとして描かれています。

『クリプトノミコン』(1999年)

その後1999年に発表された歴史改変作品『クリプトノミコン』(1999年)は、第二次大戦と現代を往復するストーリーで、アラン・チューリングなどが登場し、暗号通貨を含む暗号技術が主なテーマになっています。

アートとは離れますが、サイファーパンク作品として取り上げられることの多い作品です。(ここで紹介をしていますが、1巻での描写や説明がやや苦手で、筆者は何度かチャレンジしたものの途中で挫折したままの作品です…..ごめんなさい….)


2002年のユリイカ10月号『特集 ニール・スティーヴンスン 暗号化するフィクション』に掲載されたインタビュー『クリプトマンサー、語る』の中で、当時まだクリプトノミコン・シリーズを執筆中だったスティーヴンスンは暗号をテーマに取り上げた経緯について次のように述べています。

ー『スノウ・クラッシュ』を出したあとになって、とくに意識もしていないのに暗号に関することをたくさん書いていたことに、気づいた。メタヴァースのようなものを構築したければ、ごく基礎的なレベルで優れた暗号システムを組み込んでおかなければならない。そのことから、僕はさらに色々なことを考え始めたんだ。

ユリイカ『特集 ニール・スティーヴンスン 暗号化するフィクション』クリプトマンサー、語る

「メタバース」と「NFT」がセットで語られることが多かったのも、おそらく同じような文脈なのでしょう。


『スノウ・クラッシュ』と『クリプトノミコン』の間に書かれた『ダイアモンドエイジ』に登場する電子本は、Kindleの開発に影響を与えたとされています。

Amazonのジェフ・ベソスは、後に、宇宙開発企業BlueOriginにもスティーヴンスンを迎え入れており、鳴り物入りだったARグラスの Magic Leapがチーフ・フューチャリストとして同氏を採用していたことからも、スティーヴンスンはアメリカ社会でのフューチャリストとしての影響力が今でも強い作家と言えます。

2022年の最新作『Termination Shock』(邦訳なし/未読)は、ClimateTech(気候変動関連テクノロジー)を扱ったもので、この作品に影響を受けたスタートアップMake Sunsetsが実際に硫黄粒子を成層圏に打ち上げたというニュースもありました。

ー新しいテクノロジーを生み出した人は、自分が何かを選択したという意識すらないこともあるが、確かにしているわけだ。そして、いざ選択をしようとすると、そこではカルチャーがきわめて重要な存在となる。これから先は、さらにその程度が増していくことだろう。

ユリイカ『特集 ニール・スティーヴンスン 暗号化するフィクション』クリプトマンサー、語る

幅広いデジタル・アセットの具体的な扱いについてのサイバーパンク作品と、サイバーセキュリティやプライバシーなど同一性を担う技術を扱うサイファーパンク作品。両方を読み比べてみると「NFTアート」のようにジャンルを跨いだコンセプトを理解することがしやすそうです。

また、スティーヴンスンがインタヴューで語っているように、テクノロジーと並行して、カルチャーを作り出していく重要性は現在でも変わらないと感じています。

小説やファッションやアートなどの流れを定期的に振り返ってみることで、未来の選択肢がひろがっていくのかもしれません。

この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。今回の特集は『NFTアート』。編集チームがテーマに沿って書いたその他の記事は、こちらのマガジンから読むことができます。この記事の執筆者は、Dentsu Lab Tokyoの なかのかな です。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?