「美人の本懐」


明子は決してきれいではない。むしろブサイクである。しかし彼女は美しい。明子は「自分は世界一美人だ」と思い込んでいるのである。はじめは冷やかし、馬鹿にしていた周りの人々も彼女の振る舞いを見て虜になってしまう。
明子はだんごっぱなだが、それを誇りに思っている。
一重だがそれを誇りに思っている
口がでかいがそれを誇りに思っている
体はデブだがそれを誇りに思っている
彼女は自分の美しさを疑わない、両親は彼女を心から美人だと思い、彼女もそれを信じたのである。彼女はいつも不思議に思うのだ、彼女を崇拝する男たちが初めて会った時に見せるあの嘲笑を、ここはお前の来る場所じゃねえぞというあの目を、しばらくすると彼らは私を崇拝せずにはいられなくなる。全てを投げ打って私を手に入れようとする。なぜか私を愛するのにはタイムラグがあるのである。それはそのはずである。彼女はブサイクなのだから。しかしブサイクとは物質的な話である。人はその人の美しさを一時は外面で見るが、外面からの情報などたかが知れている。内面の美しさを持った人、美人は自分が美人だと知っているから人は美人に恋をするのである。自信そのものに恋をすると言ってもいい。ブサイクは自分がブサイクだと知ってしまっている。どんなに虚勢を張ろうとも自分が自分の1番の批判者なのだ。ブサイクは精神的にも物質的にも美人に敗北してしまっている。
しかし彼女の場合物質的にはブサイクなのに、精神的には美人そのものなのだ。自分のことを世界一の美女だと思い込んでいる。そこに男どもは惹かれるのだ。やがては実際には存在しない彼女の顔の美しさを見てとってしまい、この世でもっとも美しいと錯覚させるのだ。彼女は常に、男に事欠かない。「付きまとわれて参っちゃうわ」と言う始末である。
また一人、彼女の魅力に当てられた人物がいた。彼の名前は雄二。雄二は大金持ちでハンサムだ。ただ大金持ちでハンサムというだけではない。今まで彼女の虜になった誰よりも大金持ちでハンサムなのだ。雄二は様々な美人と付き合ってきた。快楽を随分得てきたし、楽しんでも来た。しかし最
近なぜか、彼の相手になる絶世の美女たちに対して若干の不満が残るのだ。いかなる快楽にも飽きが来る。つまり彼は今、美人に飽きていたのだ。
そして、雄二は明子に出会い、決して消えることのない永遠の美をそこに見た。出会ってからしばらく話をしていると、
「あら、あたしをデートに誘ってくれてもいのよ?」と明子は言った。
「夢みたいな話だね、なにこういう展開は常に空想はしたさ、美女と野獣という展開をねまさか逆ときたか!しかし君のその自信は素敵だね。本当に自分が美しいと信じ切っている人の目だ。美人でもそこまでのものはなかなかだせないよ。綺麗な人はいつでも自分の美に対して若干の疑いを持っているからね、君はともすると世界一の美人なのかもしれない。僕は君に惚れちまったみたいだ。物質的な美人はもう抱き飽きた。精神的な美人が欲
しいんだ。」
「あら、私はまだオーケーしてないわよ」
「すまない、どうかこの僕と一晩デートしてくださいませんか?」
「そんなんじゃ嫌」
「どうしたらいい?」
「自分で考えて」
「一週間くれないか?」
「2日でやってちょうだい」
「わかった2日だな!」
雄二は久しぶりにワクワクした。こんなに女に夢中になれるなんて久しぶりだった!彼女ともっと喋りたい!
2日後、雄二は全財産の半分をはたき、豪邸と巨大なダイヤモンドの指輪を用意して、明子に求婚した。明子は「仕方がないわね」と笑い了承し、2人は一緒に住むことになった。
そんなある日、鏡を見て明子は「ヒェッ」と声を上げた。
ホクロである。気がつかなかった小さなホクロがほうれい線の内側にできている。
「ありえないわ!」何度もゴシゴシ洗っても黒い点は憎たらしくそこにあった。
「ホクロ!ホクロだわ!」
「た、大変よ!ホクロができたホクロができた!」
彼女は兼ねてから整形を馬鹿にしていた。ホクロを除去することなどできなかった。
「私はもうおしまいよ!」
「気にすることないよ」雄二は言った。
「いいえ!あなたはきっと見捨てるわ!こんなみっともない所にホクロがある女なんて捨てるに決まってる」
「捨てるわけがない。僕はいつも君に捨てられやしないかと戦々恐々してるんだぜ?ホクロくらいなんだい!そんなに嫌なら除去すればいい」
彼女はキッと雄二を睨め付ける。憎悪の籠もった目だった。ギョッとして雄二は「す、すまない」と言った。
「除去ですって!あなた!この私に整形を勧めたわね」
「ホクロの除去なんて整形の内に入らないよ」
「馬鹿にしないで!」
彼女は泣いた、三日三晩泣いた。しかし泣いてもホクロは取れない。
かわいそうにこの青年は彼女と口を聞いてもらえず傷心していた。自殺も考えた。
しかし神は寛大だ。ブサイクの為に自殺するなどこの美青年には許されなかった。
雄二はナイフを手に取り寝ている女に近づきホクロを取ってしまった。ホクロがなくなった。しかし皮膚も同時にえぐれてしまった。雄二は罪悪感でいっぱいだった。しかしホクロが取れた明子の顔を見ると、とんでもなく
ブサイクに思えてきた。
「ブスはブスだ!俺は今まで一体なにをしていたんだろう!」と雄二は思い、ホクロを取ってしまったことを告げたら、明子と別れようと決心した。
明子が起きると、顔がジンジン痛んだ。なんだろうと思っていると、雄二が話しかけてきた。
「それが君のホクロだよ」テーブルの上にホクロが置かれていた。
明子はそれをまじまじと見つめ、パッと手に取ったかと思うと頬ずりしはじめた。
「ああ、なんて可愛いホクロなの!こんな可愛いものが私の顔についていたなんて!」
「オイオイ、君」
「つけ直すわ、同じ位置に」
かくしてホクロは同じ位置に収まった。
彼女はますます美しくなった。

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