「パパ」

「この子を抱いてて頂戴」
そう言われて俺は巨大なハチの幼虫を抱かされた。ほとんど孵化しかかっていて、黒い目がこちらを見ていた。人間の女大ほどの大きさがあった。
「その子を抱いていて頂戴ね、抱いてなきゃダメよ」          彼女は行ってしまった。俺はとんでもないことと思い、離れようとした。するとなんとも不快な泣き声でこの黄色い幼虫は俺をみながら泣き喚く。口は開かず、しかしたしかに俺という存在を感知して、大きな目はしっかりこちらをみて、我を置いて離れることなど許すまじと言った様子で泣き喚く。俺は参ってしまい、幼虫のことをさすってやると泣き止んだ。やれやれこれはとんでもないことぞよと俺は思った。こいつが孵化したら俺はどうなってし
まうんだろう。そう思うと怖かったが、幼虫は不思議とあったかくて、俺はそのまま眠ってしまった。
ほっぺたを物凄い勢いで吸われているその痛みで目が覚めた。見ると幼虫が大きな口を開け、俺のほっぺたをチューチュー吸っているではないか。俺はエサじゃないぞ。しかしながら人間大の幼虫なので、その分力も強い、そして人間大といえども人間ではないので、力の加減の制限がなく、おもいっきり吸ってくるので当然痛い。しかし幼虫には幸い歯が無くて死ぬほど痛いというわけではない。しかし痛いことは痛いので顔をのけぞらせると、不快な
音でまた泣いた。困ったな‥ 、しばらく放置していると、鳴き声はついぞ我慢しきれないほどになる。このままだと耳から血が出そうなので、仕方なく俺の出た腹を吸わせることにする。脂肪吸引のごとく、ちゅるちゅる俺を食べていく。ま、メタボで困っていたし泣き止むし、一石二鳥ではないかと俺は楽観的にそう思っていた。吸わせる時の体勢は、俺の方が移動して、ベッドの上の方行く、幼虫の顔の位置に俺の腹を持っていく、幼虫は腹が減れば俺の腹を食べる。満腹になれば寝る。寝る時も抱いてやらねばならない。
さて、この体勢というので酷い目にあった。幼虫に俺の腹を食べさせていると、彼女が帰ってきた。そして部屋のドアを開けた。するとそこには俺と幼虫だ。しかし彼女にとってみれば俺が幼虫に食べられていることは初めて見る光景で、俺がなにか幼虫に対して良からぬことをしていると思ったんだろう。彼女のハリを思いっきり背中にさされた。幸い、中のエキスは注入されずに済んだが、巨大な針に刺されて俺は悶絶した。その瞬間に俺は幼虫を抱
くのをやめてしまったので、幼虫は泣き叫ぶ。俺は痛みであやすどころじゃないので彼女が幼虫をあやす。処女の彼女が子供をあやしているのはなんとも滑稽な光景であるか、俺は彼女を非難する。「食事を与えてたんだよ」「え、あら、ごめんなさい」「背中、痛いんだけど」「はあ」「はあじゃなくてこれ治すエキスとか出ないの」「出ませんねそんなものは」「はあ、
参ったね」「はあ」「包帯とか、ないの」「奥にありますけど」「とってきてくれないの」「この子をあやさなきゃいけないので」「あんまりだ」俺は泣きながら包帯をとりにいく。「巻いてくれないの」「それくらいなら、じゃこの子お願いします」「はいよ」俺は幼虫を抱き、彼女は俺に包帯を巻いてくれた。次の朝彼女はまたどっかに行ってしまった。朝起きると、幼
虫は俺の顔面を食っていた。ちゅーちゅーと俺の右目ん玉の辺りを食っていた。引き剥がそうとしたけど、幼虫は俺の上に乗っかっていて動かない。痛い痛い、目が‥ 。右目が完全に喰われてしまった。離れない。どうしよう。俺はそのまま、幼虫に乗っかられながら助けてくれえと叫んだが、誰もきてくれない。鼻も食べられてしまった。しかし満腹になったのか、左目は助かった。なんとか失明せずにはすんだ。彼女は帰ってきて、俺の有様を見ても、なにも言わなかった。ただ包帯は取り替えてくれた。次の日、俺は幼虫の異変に気がついた。孵化がいよいよ近づいてきたのだ。幼虫は言葉を若干しゃべれるようになってきた。「アワ‥ アワワ」意味のないことを言うようになってきた。俺は思わず「パパ、パパ」と言っていた。「パ‥ パ、パ‥ パ」と幼虫は言った。「そうだ、パパだ。パーパ」俺は言った。「パパ、
パパ」と幼虫は言った。「そうだ、そうだ」教えているうちに腹が減ったのか、幼虫は泣き始めた。俺は腹を食わせた。もう腹はへっこんじまった。次はやっぱり顔を食べさせるしかない。彼女が帰ってきて、喋るようになった幼虫を見て驚いていた。俺は幼虫が「パパ」と言うのを見せてやりたかったが、幼虫は何も言わずに眠っていた。翌日、俺は残った左目も
喰われた。大きくなった幼虫は俺と同じ背丈になっていた。これじゃ養分は足りないと、俺は幼虫に四肢を食べさせた。俺はダルマになった。口だけは動かせた。「パパ、好き」俺は言った。「パパ‥ っきい」「そう、パパ、好きって言うんだ」「パパ‥ すきぃ」「フ、フ」俺は笑った。次に睾丸や、陰茎も食べられた。俺は完全にダルマだった。口も食べられた。喋れなくなった。彼女が帰ってきたのが音でわかった。「パパ、パパ、すきぃ」幼虫が言った。彼女は驚いて一瞬声を怯ませた。次の朝、俺は完全に食べられた。 俺は幸せだった。

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