超私的グルメ(13) 伊勢海老
伊勢エビは高級な食材ですが、お金を出せば買えますし、結婚式の披露宴の食事に出されたりするので、食べたことのある人も少なくないでしょう。ですが、今回は父が獲ってきた伊勢エビの話です。
今は年老いて、趣味といえばゲートボールくらいの父ですが、私が子供の頃(父が若い頃)は、寝る間も惜しんで遊んでいました。ただし、単なる遊びには興味が無くて、魚釣りのように、なんらかの成果(実利)があるものが好きでした。その当時に嵌っていたのは、”タコ漁”でした。
タコ漁といっても、蛸壷で獲るのではなく、銛(もり)でついて獲る”タコ突き漁”でした。この漁には、銛、大形の箱眼鏡、カーバイドから出たガスを燃やす照明器(アセチレンランプ)が必要です。父は、これらの3点セットを休日を利用して全て自作・改良しました。銛は先端だけは市販のものを使いましたが、柄の部分は自分の身長や手の大きさを考慮して自作していました。箱眼鏡も、ガラスと板材を買ってきてDIYで作りました。
照明器は、カーバイドに水を混ぜてアセチレンガスを出し、このアセチレンガスを燃やして夜中の灯にします。父はこの照明器にも、ガスが貯まりやすいように、ガス管の中間部に小さなタンクを増設していました。このアセチレンガスが、とにかく臭くて、匂いに敏感な私は10秒も我慢できないくらいの悪臭でした。しかし、父はこの悪臭をものともせずに、週一のペースでタコ漁に通っていました。
一時期は、茹でて冷凍したタコが冷凍庫を占領するくらいになって、母が嫌な顔をしていました。ある日の朝、夜中のタコ漁から帰ってきた父の様子が少し違っていました。「珍しいものが獲れたぞ」と興奮気味に、まだ起きたばかりの私たちに言いました。何がが獲れたんだろうと、竹で編んだ網籠を覗くと、伊勢エビが見えました。やや小ぶりでしたが、立派な伊勢エビでした。本物の伊勢エビを見たのは、その時が初めてでした。父の話では、「タコを獲ろうと岩場を探していたら、何か目のようなものが光ったので、銛で突いたら伊勢エビが銛の先に挟まっていた」そうです。
どうやって料理したらよいかわからないので、結局、塩茹でにしました。尻尾の部分を4等分して、家族全員で食べました。ほんの一口分でしたが、口に入れると磯の香りがして、程よい塩味でした。「ウメー!」。それが私にとっての、伊勢エビ初体験でした。