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ショートSF#5 『社畜』

俺はブラック企業に勤める、いわゆる”社畜しゃちく”だ。社畜は公式な用語ではないので本来定義なんてものはないが、”勤めている会社に家畜のように飼いならされた結果、自らの主体的な意思や判断を示すことなく、言われるまま辛い仕事や理不尽な仕事をひたすらこなすようになった会社員”のことを指すらしい。

そんな社畜な俺には、人に言えない重大な秘密がある。この秘密は”本当に重大”なので、その話をしても誰にも信じてはもらえないだろう。その秘密というのは”俺に地球を滅ぼす権限が与えられている”ということだった。核戦争や強毒性のウイルスなどで人類が滅びてしまう可能性もあるだろうが、そんな生易しいものではない。地球そのものが滅びてしまうのだ。

俺はUFOを信じていないし、ましてや宇宙人の存在も信じていなかった。あの日までは。その日もいつもと同じようにブラック企業で大量の残業をこなして、終電を逃してしまった。仕方が無いので、近くの公園のベンチで休んでいると、残業疲れのためか、急激な睡魔に襲われた。今思えば、UFOからの睡眠電波を浴びたのかもしれない。

俺が目を覚ますと、そこは宇宙船の船内のようだった。どうしてわかったかというと、彼ら(?)が脳波に直接働きかけてきたからだ。音声によるコミュニケーションは言語の問題があるので難しいらしく、脳内にイメージを送る方法でコミュニケーションをとる方法が採用されたそうだ。このことも、脳内イメージによって理解した。UFOの話には興味はなかったが、UFOにさらわれたと証言する人々のゴシップ記事は目にしたことがあった。中身は読んでいないが、『私は宇宙人にさらわれた』的なタイトルがついていたと記憶している。その記事には、さらわれた人が描いた”UFO内の絵”が載っていたが、その絵とは全く異なる殺風景な室内だった。

その室内には宇宙人と呼べる人達は居なかった。そもそも宇宙人かどうかさえ分からない謎の相手は、生物か機械かさえもわからなかった。俺はテレビドラマで見た留置場サイズの空間に一人ぼっちで、脳内に浮かぶ映像をただただ見せられていた。俺が理解した内容は、次の通りだ。

相手を仮にETと呼ぶことにする。呼び名が無いと不便だからだ。ETと人類のかかわりはかなり前からで、ホモサピエンスに進化した頃からだそうだ。地球時間では、約5万年前かららしい。ETは広域な宇宙の一部を管理していて、太陽系もその範囲内とのことだった。人類という知的生命体が誕生した地球の”将来の”暴走を食い止めるため、ETは”地球滅亡スイッチ”という仕組みを考案した。地球滅亡スイッチの持ち主は、全人類中からランダムに決められた。地球を滅亡させられる権利は、その人の存命中にだけある。その人が人生を全うすると、その権利が次の人に移るそうだ。

”地球人の運命は地球人に委ねる”というのが、ETの方針なのだ。最悪なことに、俺は地球滅亡権をETから委ねられてしまったのだ。地球滅亡権の行使は簡単で、「バルス!」のように短い呪文を大声で唱えるだけだ。しかし、安心して欲しい。地球滅亡スイッチには俺の声紋が登録されていて、AIが判断するので、俺以外の人がその呪文を唱えても誤作動することは無い。もちろん、この真偽はわからない。試そうと思ってみても、もし本当なら地球が滅びてしまうからだ。今まで地球が無事だったのは、歴代の権利継承者が行使しなかったためなのだろう。

その翌朝、俺は公園のベンチで目を覚ました。ひょっとすると、悪い夢を見ていたのかもしれない。しかし、滅びの呪文は頭の中にしっかりと刻まれていた。アナログの腕時計を見ると、針は8時を回っていて、始業時間が迫っていた。社畜の俺は、いつもの習慣で会社目指して走っていた。

あの日からさらに一週間経った。それからも相変わらず残業続きで、家に帰れたのは二回だけだ。その二回もシャワーを浴びて、寝るだけの味気ないものだった。これまでに「地球が滅んでくれないかなぁ」と秘かに思ったことが何回かあった。しかし、もう限界だ。俺はブラック企業の社内で大声で叫んだ。「$%&#*!」。

次の瞬間、太陽系の第三惑星・地球が宇宙から消滅した。

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