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ウロボロスの遺伝子(55) エピローグ(始まりと終わりの日・再び)②

「これからしゃべることは独り言だ」と前置きして鬼塚がさらに続けた。
「”自ら”退職を申し出たワクチン研究所・元所長の福山の話では、拉致・監禁されたのは本人の勘違いだったそうだ。”間違って”逮捕された二人は、急な腹痛で困っていたところを偶然助けてくれた親切な若者たちだった。二人は元所長を病院の近くまで車で送ってくれただけだ」
「元所長は少し認知機能が衰えたのかもしれんなぁ。最近、認知能力を低下させるウイルスが発見されたそうだ。ひょっとしたら、元所長もそのウイルスに感染しているかもしれないな。一度、アルツハイマー病の名医である”山田医師”による精密な検査が必要かもしれん。私も含めて人間誰しも、年を取ると記憶が曖昧になるからな」と鬼塚が嘯(うそぶ)いた。

「それから、不正使用された研究費は全額返済された。また、福山の退職金の全額が、”本人の好意によって”交通遺児の基金に寄付されたそうだ。お金で罪が消えるわけではないが、何もしないよりましだろう・・・・・・」
「ところで、捕まったあの二人は今後どうなるんでしょうか?」黒田が鬼塚に聞いた。
「先程話したように、二人については福山さんの”勘違い”による誤認逮捕だ。次の日には、すぐに釈放されたよ」

「そうそう。二人とも、それぞれの特技を買われてMADサイエンス研究所の仙石さんにスカウトされたそうだ」
「青山君の話によれば、すでに二人は研究所の海外駐在研究員としてベトナムのハノイに向かったそうだ。一人は東南アジアの遺伝子資源を調査する遺伝子ハンター、もう一人は遺伝子配列を解析する遺伝子アナライザーとしてだ」と鬼塚が答えた。
「ハノイ? ベトナムの?」赤城と黒田は鬼塚の顔を凝視した。
「そうだ、ハノイだ。東南アジアには、まだまだ未知の遺伝子資源が眠っている。二人はハノイを拠点として医療や創薬に役立つ遺伝子資源を探すそうだ」
「毛利首相も現地の大使館を通じて、住居の手配などの便宜を図ったそうだ」鬼塚が平然と答えた。

「これは林田秋菜さんからの伝言だが、赤城さんを襲わせたのは少し脅かして注目を引くためと、自分たちを防犯カメラに移して小森君にヒントを与えるため、だったそうだ。本当は赤城に直接会って謝りたいと言っていたぞ」
「もともと、二人に鳥インフルエンザウイルスを拡散するつもりは全く無かったようだし・・・・・・」と鬼塚がさらに続けた。
 二人は盗んだウイルスを専用冷凍庫で厳重に保管しており、実際には培養していなかったことがその後の詳しい調査で判明した。また、鳩に注射したのは培養ウイルスではなく生理食塩水であったことも判明したと、鬼塚が説明した。

「でも、支払ったウイルスの身代金の百憶円はどうなったんですか?」お金の行方が気になる赤城が聞いた。
「百憶円は昨日戻ってきた。しかも利子のオマケ付きだ」鬼塚が答えた。
「ネットコインの価格上昇のおかげで、戻ってきた同額のネットコインの価値は、送金した時の一割増しになっていた。つまり、十億円の儲けが出たことになる」と鬼塚が笑いながら続けた。
「さあ、過去の仕事の話はここまでだ。これから新しい仕事だ。すまんが、またMADサイエンス研究所まで行ってくれ。詳しいことはあとで連絡する」

 赤城と黒田の二人は、鬼塚に急(せ)かされるように局長室から追い出された。


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