#1 カルチャーショック的な話

日本を離れてから早いもので一か月半。良くも悪くもカルチャーショックを経験することがある。スペインの習慣、ヨーロッパの習慣、改めて気づかされた日本の習慣。そんなものについて書いていければと思う。

初回の今日はカルチャーショックとは何か。そして実際にあったカルチャーショックな出来事?習慣?を語りたい。

カルチャーショックは5段階に分けられる。
①ハネムーン期 最初の数週間
 この時期は異国の目に入るものがすべてキラキラして見えて、これからの生活に胸を躍らせている。
②ショック期 1~3カ月ごろ
 現実期に物事を見つめだし、カルチャーショックを受ける。
③適応期 半年~1年ごろ
 文化の違いを受け入れ始める。
④受け入れ期 1年ごろ~
 異文化を異文化としてではなく、自分の文化としてとらえる。
⑤再ショック期 帰国後
 帰国後に起こるカルチャーショックで、自国の文化と滞在先の文化の違いに悩まされる。

期間はざっくりとした分類なのですべての人に当てはまるわけではない。このカルチャーショックについては、日本語教育能力検定試験を受けた時に勉強してなんか好きだった分野。



スペインに来てから驚かされたのは、歩行者の信号無視の多さ。同じく留学をしている友達に聞いてみても、そうらしいので私のbarrio(地区)だけのものではないよう。
道路を渡るときには信号が青か赤かではなく、左右を見て車が来ているかどうかを判断して渡る。正直、車が来ていても渡る。30m先ならお構いなしで、運転手側もそれを了承しているのか歩行者に合わせて減速しているところも見かける。

日本で幼い時から叩き込まれた「赤は止まれ」の常識は完全に崩された。信号無視をしたことがないというわけではないが、スペイン人は車が来ていても渡るというところが大きく異なる。

なぜ、スペインは日本人よりも信号無視する人が多いのだろうか。私はルース・ベネディクトの『菊と刀』で語られる欧米の「罪の文化」と日本の「恥の文化」が関係していると考える。
これは欧米では、神の視点から見て罪かどうかが行動原理なのに対して、日本では他の人から見てそれが恥かどうかが行動原理になっているということを説明した理論だ。

スペインは言わずもがなのカトリック国でスペイン人の心の中には神様(Dios)が存在している。信号機は神が創ったものではないので、そのルールに従う必要はないというのがスペイン人の理論なのだろう。
一方で日本人は世間の目を気にして、赤信号を渡る人は恥ずかしい、だから信号は守ろうという心理が働いているのだろう。
私は無宗教の人間なので、カトリックの教えについて詳しくはわからないが、そのように推察される。

他にも様々なカルチャーショックを経験するなかで、大切なのは違いを認識することだと感じる。違いが違いとして認識されないと、「異文化」という漠然としたものと戦うことになる。そうではなく、違いに自覚的になることで、適応が促されると考える。
これから待っている受け入れ期にむけて、日進月歩で精進していきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?