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傾聴とラポール形成(話させる技術)

はじめに

傾聴。他者と円滑にコミュニケーションを取るための技術である。医療行為にも応用される。会話がターン制のコミュニケーションであることから、相手がこちらに抱く心象を大きく変化させる。だいたい、ヒトというのは「自分のことを喋りたい」生物である。(何処ぞやで1日におよそ2万語を話さないとストレスになるという話を聞いたことがある)
傾聴という技術はただ単に話を聞くだけでなく、相手に気持ちよく喋ってもらうため(そして、気持ちよく喋ってもらうことでこちらにとっても有益な情報を引き出すため)に使われる方法のひとつである。

傾聴には前段階(準備 ≒ ラポール形成へのアプローチ)が必要

代表的な例は心理療法で、心理士はしばしばこの手法を使ってくる。特にまだ会ってから日が浅い心理士などはかならずといって良いほど、傾聴の姿勢をとる。ただ、私自身が体験してきたことをもとに話すと、傾聴は、患者(ないしは相手)が心理士(ないしは自分)にある程度の信頼を置いていないと意味をなさない手法であると思う。いわゆる「ラポールの形成」というやつである。その日にはじめて会った人間にいくら「あなたの話に耳を傾けますから、なんでも言ってください」と言われても、こちらは相手のことを信頼していないのだから、何も話す気にならない。

傾聴の前段階として、こちら(心理療法なら心理士)の情報を「自己開示」したり、「アイスブレイクのトーク」をしてみたり、話のペースを相手に合わせてみたり(「ペーシング」というらしい)、いろいろ着手してみてはじめて、上述の「お主は何者じゃ?」という(患者/相手の)疑念が払拭される。

だから、カウンセリングやらなんやらで、「私はあなたのことばに耳を傾けます!」と一辺倒にいうだけの人は、失礼ながらあまりコミュニケーションスキルが高くないように思われる。話し相手の心を開かせるだけのコミュニケーションの技の引き出しをもっていないことが推察されるからである。

まず、「アイスブレイク→自己開示→ペーシング→受容(あなたのことを受け入れますよという意・態度を示すこと)→傾聴(話を聞きますから話してください)→共感→提案(*アサーション)→問題解決へ着手」という手順があるだろと私なんかは思う。これらの傾聴までの前段階をすっ飛ばしていきなり傾聴から入る治療者なり、話し手なり色々がいるが、傾聴は実はけっこうあとの方でやるべきことであると考えている。

*アサーション ≒ 自己主張
相手と対等な立場に立って自己主張をするためのコミュニケーションスキル。 相手の主張を否定したり、強い口調で無理に押し込めるのではなく、お互いの価値観を尊重しつつ、自分の意見を的確に言葉にするための方法。

例) 1人目のカウンセラー(新人)

個人的な話になるが、私はこれまで3人のカウンセラーからカウンセリングを受けてきた。1人目は私と同年齢くらいの大学院を出たばかりくらいの新人カウンセラー。その方はひたすら(大学でそう学んできたのであろう)「あなたの話に耳を傾けますよ。だから、何か話してください」という姿勢で一向に治療が進展せず(私の抱える問題の抽出にすら至らなかった)、2人目のカウンセラーへ交代になった。

例) 2人目のカウンセラー(中堅)

2人目のカウンセラーは私より少し年上の方であった。最初のうち(2~3回目まで)は沈黙が続いたが、それを見るや否や、アイスブレイクの話(雑談)をカウンセリング開始直後に挟むようになった。治療とはまったく無関係に思われるお互いの趣味の話などをしたり、世間話などをした。そのうち、私もそのカウンセラーと打ち解けてきてお互いに自己開示するようになった。カウンセラーがどういう経緯でいまの職を選んだのかであったり、現在なにがいちばんたいへんで手を焼いている等、話せる範囲ではあるがコミュニケーションをとった。それが済んでから、本題である治療に入った。このあたりの過程を踏んだことによって、前述の新人カウンセラーさんより、治療はずっとスムーズに進展した。

例) 3人目のカウンセラー(ベテラン)

わりかし気が合った2人目のカウンセラーさんとは、カウンセラーさんの転勤によって別れることになった。そのあと、私を担当してくれているのが3人目であるいまのカウンセラーである。これまでの中でもっともキャリアが長く、治療の〈道具〉をたくさんもっていた。私が自身の問題について語ると解決のためのアプローチをすぐに2~3提示してきた。それらを結構な、早口で喋るため、初回の面接時に私は少し面食らってしまったのであるが、それを正直に伝えると、次からあきらかに語調がトーンダウンし、話すスピードもゆっくりになった(ペーシング)。

たぶん、初回の面接で「この人(私)は、心理士が喋るのを聞かされるよりも、自分で思うことを喋らせたほうが治療が進むだろうな」ということを見切ったのだと思う。このタイミングで初回面接時では話す割合が心理士:私=7:3くらいだったのが、次の面接では心理士:私=3:7くらいと逆転した。つまり、心理士が傾聴に回ったのである。1回目で自分のできること/考えていることを見せてから傾聴に回ることで、「この人に悩みを話せばなんとかしてくれそうだな」という感覚が私に生まれた。傾聴一辺倒というよりは、一度思い切り自己開示に踏み切って(手の内を見せて)、その反動で振り子のように傾聴を効かせるという巧みな傾聴の使い方であると唸らされた。

さいごに

思うに傾聴というのは、それ単体で威力を発揮する技術ではなく、ほかの技術との併せ技ではじめて効力を発揮する技術ではないか。特に信頼関係(ラポール)が築かれていないうちの「あなたは私になんでも喋っていいですよ」は「そう言われても……なにを喋っていいのかわからない……!」となってしまうことが多い。

患者やなにかを相談しにきた相手というのは、自分に問題点があることを自覚しつつも、具体的になにが問題であるかを把握していない(なにがわからないのかがわからない)可能性が高いからである。だから、せめてヒントは与えてあげないと相手がなにか(糸口)に気づくきっかけにはならない、つまり問題解決には進まないということになりがちである。

傾聴に係わる「他人の本心〈ハナシタイコト〉を引き出す技術」は、使い途によっては十分な効果を発揮し、コミュニケーションを円滑にしたり、相手の悩みを解決する糸口を見つけたりすることを可能にするが、使いこなすにはそれなりの話術(上述した「前段階」)が必要である。そして、その準備によって絶大な効果(振り子のように働く傾聴)とその果実を得ることができるのである。

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