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《分割版#3》ニンジャラクシー・ウォーズ【メッセージ・フロム・ジ・アース】

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◆#3◆


 暗い洞窟の奥で、クノーイは意識のないミサの身体を横たえた。息遣いは規則正しい。生命活動に支障なし。「仕事が済むまでは生かしといてあげるわ、地球のお嬢さん」彼女は懐からスライムめいた細胞塊を取り出し、膜状に広げてミサの顔に被せた。クナイの切っ先で、鼻に小さな呼吸孔を開ける。

 女宇宙ニンジャの両手が複雑かつ神秘的な「カ」「オ」「ウ」「ツ」「シ」のニンジャサインを組んだ。その動作に呼応して、スライムの表面に論理演算めいた複雑な凹凸パターンが走る……その活動が治まるのを見届け、クノーイは静かにスライムを剥がし、己の顔に貼り付けた。

 顔面をスライムで覆ったまま、彼女の両手が逆再生めいて動いた。「シ」「ツ」「ウ」「オ」「カ」。凹凸パターンの遷移が巻き戻り、黒く死滅した細胞がボロボロと崩れ落ちる。その下から現れたのは……おお、ナムサン!「フェイス・オフ・ジツ」クノーイはミサの顔で邪悪な笑みを浮かべた。

「オーイ、ミサ=サン! 聞こえるか!」「WRAAAGH! どこだハヤト=サン! 返事しろーッ!」渓流のほとりを下りながら、リュウとバルーは両手をメガホンにして呼び続けた。太陽は既に中天近い。「ッたく……ガバナスを追っ払ったと思ったら、今度は肝心のお嬢さんが行方不明かよ」

「心配するな。ハヤト=サンがついてる」「随分アイツに肩入れするじゃねェか」リュウは相棒を横目で睨んだ。「真の宇宙の男に肩入れするのは当然だ。むしろお前が冷淡に過ぎる」「うるせェ」舌打ち混じりにリュウが答えた時、「タスケテ!」岩陰からひらひらと細い手が覗いた。「私はここよ!」

「ミサ=サン!」「怪我はないか?」二人は岩にもたれて座るミサに駆け寄った。「ガバナスが襲って来た時、怖くてここまで逃げてきたの。でも足を挫いてしまって」「GRRR……世話の焼ける地球のお嬢さんだ」バルーは喉を鳴らして笑った。「ハヤト=サンは一緒じゃなかったのかい」

「ハヤト=サン? 知らないわ」ミサの口調は奇妙にそっけない。「フーン……ま、そのうち帰ってくるだろ」リュウは屈んで背中を向けた。「俺達も一旦リアベ号に戻ろうぜ」「アリガト」ミサに化けたクノーイは内心ほくそ笑み、おぶさった背中に豊満な胸を押し当てた。「……」リュウは立ち上がり、歩き出した。

「ハヤト=サンが一人で逃げる筈がねえ。絶対何かあったぜ」バルーはリュウに歩調を合わせながら言った。「だな」リュウがニヤリと笑う。「ヤバい時には逃げるどころか逆に首を突っ込んでいく奴だ。世話が焼けるぜ」「誰が世話が焼けるって?」大岩の陰からハヤトが姿を現した。

「なんだお前、そんなトコに隠れてたのか」「隠れてたのと違うぜ」答えるハヤトは得意げだ。「彼女を探してたんだ。出て来て」「ハイ」岩陰から現れたのは……宇宙ボディスーツに身を包んだ黒髪の美女!「アイエッ!? どういうこったい」バルーが目を白黒させて、二人のミサを交互に見やった。

「リュウ=サン! そいつはクノーイ=サンだ!」背負われた方のミサにハヤトが指を突きつけた瞬間、「「イヤーッ!」」二者は同時に動いた。隠しクナイに喉をかき切られるより早く、リュウはミサの腕を掴み、イポン背負いで投げ上げた。取り落とされたクナイを掴んで投げ返す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ミサに化けたクノーイは空中でキリモミ回避。クナイが身体を掠め、フェイス・オフ・ジツの副産物である疑似ボディスーツを切り裂いた。偽りの顔と衣装はたちまち雲散霧消し、着地したクノーイの姿は既に本来のものに戻っていた。パープルラメの宇宙ニンジャ装束が陽光を反射してきらめく。

「ドーモ、クノーイです」「ドーモ、リュウです。案の定だったな」二人の宇宙ニンジャはアイサツを交わし、カラテを構えて対峙した。(してやられたわね、あの坊やに)クノーイが内心で毒づく。ジツを維持するにはオリジナルの顔の持ち主を生かしておかねばならず、その脆弱性を突かれた形だ。

「リュウ=サン!」「来るな!」駆け寄ろうとするハヤトをリュウが制した。「ニュービーの加勢なんざクソの役にも立たねェ。そこで大人しく見てろ!」「そんな!」「ここは聞き分けな」バルーがハヤトの肩を掴んだ。「リュウが本気でやりあおうって相手だ。俺達じゃ足手纏いにしかならん」

「ニンジャアーミーの諜報部長じきじきにイーガー副長の尻拭いか。ご苦労なこった」リュウはクノーイを挑発した。「ケツモチ手当は幾らだい……」「知ったような口を利くんじゃないわよ、辺境星系の野良犬風情が」「その野良犬がテメェを噛み殺すかもしれんぜ?」両者の間に殺気が満ちる。

「……イヤーッ!」先にトビゲリで仕掛けたのはクノーイ! それをクロスガードで受け止めざま、「イヤーッ!」リュウは逞しい腕を跳ね上げた。膂力! 空中高く放り上げられたクノーイは「イヤーッ!」再度のキリモミ回転で姿勢制御した。「イヤーッ!」リュウが垂直ジャンプで追撃!

「イヤーッ!……何ッ?」真上から斬り下ろす伸縮刀とクナイが交錯した瞬間、リュウは目を見開いた。身体を丸めたクノーイは重い一撃に叩き落とされる代わりに、その場でジャイロめいて高速回転した。凡百の宇宙ニンジャには真似できぬ、早さと軽さに特化したカラテ体術だ。

 クノーイは巧みに自身の回転軸を捻り、下から掬い上げるようなクナイ斬撃に転じた。「イヤーッ!」「ヌウーッ!」防御するリュウの身体が僅かに浮き上がる。「上等だ、相手になるぜ! イヤーッ!」再び回転するクノーイ!「イヤーッ!」クナイを受けるリュウ!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」空中で斬り結ぶ両者の落下速度が鈍ってゆく。リュウの攻撃が生み出す運動エネルギーをクノーイが回転変換、反撃するたびに上向きの反作用が生じ、惑星シータの重力を相殺しているのだ。ゴウランガ! なんたる永久運動めいたカラテ循環機構か!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」続けざまに攻め立てるリュウ。だがその表情には焦りの色があった。クノーイは受けた攻撃を体術でいなし、そのままリュウに返しているだけだ。故に消耗もダメージもなし。パンチ・アゲンスト・ザ・ノーレンの宇宙コトワザの如く!

「アッハハハ!」「クソが! イヤーッ!」クノーイの高笑いがリュウの不用意な一撃を誘った。ギャリリイイン! 渾身の運動エネルギーを余さず受け取ったクノーイの身体は極度高速回転。その速度を乗せ、「イヤーッ!」隠し持ったもう一本のクナイを投擲する。地上のミサめがけて!

「しまッ……」ドクン! 宇宙ニンジャアドレナリンがリュウの血管を駆け巡り、ニューロンが異常加速した。スローモーションの視界の中、レーザービームめいて一直線に、クナイはミサの眉間に飛んでゆく。だがその刹那!「イイイヤァァァーッ!」ハヤトが色付きの風となって割り込んだ!

「何ッ」「イヤーッ!」クノーイが狼狽した瞬間を逃さず、リュウは頭上から踵落としを叩き込んだ。「ンアーッ!」KRAAASH! 重い一撃を捌きそこね、彼女は地上に激突した。ウケミで衝撃を殺してもなおダメージは重篤。「オノレ……!」血混じりの唾を吐き捨てる。着地したリュウとの間合いは宇宙タタミ4枚。

 クノーイが投擲したクナイは、クロスガードしたハヤトの腕に突き立っていた。伝い落ちた血が岩の上に滴り、「クッ……」端正な顔が苦痛に歪む。「やってくれたなァ、クノーイ=サン」両目をカタナめいて細め、リュウが呟いた。「どうやらお前さん、今のうちに殺ッといた方が良さそうだ」膨れ上がる殺気!

「……フン、野良犬どころかとんだ狂犬ね。付き合いきれないわ」内心の焦りを隠し、クノーイは計算高く状況判断した。「イヤーッ!」KBAM! 足元にケムリダマを投げつけ、白煙とともに姿を消す。ヒキアゲ・プロトコル。撤退の作法を遵守した宇宙ニンジャは99.99%追跡不能となる……脅威は去った。

「ゴメンナサイ、私のために」「人として当然の事をしたまでさ」腕に包帯を巻かれながら、ハヤトはミサに笑いかけた。(カーッ! ニュービーのガキが吐くセリフかよアレが!)(生来の善性が発露したまでだ。邪推するな)(テメェこそ贔屓が過ぎるンだよ!)リュウとバルーがコソコソと言い争う。

「リュウ=サン?」「アー、いや、こっちの話」リュウはミサに肩を竦めてごまかした。「まあアレだ、その当然ってのがなかなかできねェんだよな、人間って奴はよ」「ハイ」ミサは俯いた。「本来ならば地球連盟は全力で第15太陽系を支援すべきです……最高議会の決定は誤りだと、私は思います」

「皆さん」顔を上げたミサの目には決断的な光が宿っていた。「改めてお約束します……地球に帰還したら、私はこの星系の現状を包み隠さず報告します。そして最高議会に訴えかけ、援軍と共に戻って来ます」「本当に?」ハヤトが顔を輝かせた。「ハイ、必ず!」

「そうと決まりゃ、何としても無事に地球にお帰り願わんとな」「現金だなあ、バルー=サンは」「GRRRR……細かい事言うなよ」呆れ顔のハヤトに身を縮めるバルー。一同は顔を見合わせて笑った。「これで地球にも、ひとり味方が増えたってワケだ」リュウがハヤトの肩に手を置いた。

 ZOOOM……ミサの小型宇宙船が、惑星シータの重力圏を脱した。

 出発の準備にはゆうに数週間を要した。トントが演算した宇宙船修復プランに則り、バルーとハヤトが資材集めに奔走する。ミサは寝る間を惜しんでトントの修復作業をサポート。宇宙船の周辺では、リュウが再度のガバナス襲撃に備え、昼夜を分かたず警護の目を光らせる……ハードな日々であった。

 ミサの船に随行するリアべ号は、既に両翼の係留アームを展開していた。KBAM! KBAM! エクスプロシブ・ボルトが炸裂、アーム先端から小型宇宙戦闘機を撃ち出す。「ぬかるなよ相棒!」「ガッテン!」リュウとバルーは愛機を加速させた。「そっちもいいな、ハヤト=サン!」通信機に呼びかけるリュウ。

「オッケー!」リアベ号のツインレーザー銃座でシートベルトを締めながら、ハヤトが答えた。『マカセ、トケ』トントの電子音声の出処はコックピットのスピーカー。自身のボディを電磁固定して、船体と完全直結中だ。各所に増設された急ごしらえのスラスターもまた、彼の制御下にある。

 ブガーブガーブガー! 船内にレッドアラートが鳴り響いた。メインコンソールのグリーンモニタがレーダー表示に切り替わり、整然と並ぶ数十個の光点を映し出す。その一つ一つが小さな「*」のアスキーアート……すなわち、シュート・ガバナスの宇宙スパイダーめいた機体を表しているのだ。

『オイ、なんだこの大編隊は! 話が違うぞポンコツ!』『シミュレーション、ヨリ、カズガ、オオイ。ナゼダ』『それだけ敵さんもマジって事だろ』リュウは通信回線越しにバルーとトントをなだめながら、操縦桿を握り直した。「とにかくプラン通りやるしかねェ。ミサ=サンには指一本触れさせンなよ」

「皆さん……ご協力に感謝します」小型船の操縦席でミサが言った。彼女は既に超光速ドライブの起動シーケンスを走らせている。だが、パーツ不足で修復が不完全なドライブが超光速空間ハイパースペースへ突入するには、いくばくかの時間が必要だった。その間はシールドも使用不能。一発でも被弾したら命はない。

『僕達がついてる。心配しないで!』ハヤトの通信音声がミサを励ました。『コノヤロ、美味しいトコ取りやがって』リュウが混ぜ返す。『いいか、ハヤト=サン。俺とバルーは一機でも多く敵を墜とす。そッから先はテメェの仕事だ』「ハイ!」『死んでも持ち堪えろよ!』「ハイ!」ハヤトは銃座で身を引き締めた。

『サクセン、カイシ、5ビョウ、マエ』トントが各機にカウントダウンを同期させた。『4』『3』『2』『1』……リュウ、バルー、ハヤトが緊張の面持ちでモニタの数字を見つめる。『0』!「イイイヤアアーーーッ!」「WRAAAAAGH!」リュウとバルーは叫びながら、愛機をトップスピードに叩き込んだ! DDOOOOM!

【#4へ続く】


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