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白石加代子「百物語」阿部定そして筒井康隆。

一度は観てみたかった白石加代子の「百物語」が亀戸であるというので出かけていく。演目はそのうち第十七夜で取り上げられた「阿部定事件予審調書」。何度目の再演かはわからない。阿部定か、とややたじろいでいたがとにかく一度この眼で確かめてみない事にははじまらない。

平日のマチネとあって客席は年配の人が多い。幕が開き、ご本人の簡単な挨拶がありいよいよ始まりである。阿部定事件はその調書が世に出てしまっていてそれに基づくいわば朗読劇のようなもの。「ところどころ伏字があってとばすので自由に想像してくださいね」とのオコトワリ。幾度か訊問の音声が入りそれに定が答えていく。その饒舌なこと。

阿部定事件はあまりにも知られすぎていて、とりたてて強い関心がなくても事のあらましは概ね知っている。定と吉蔵の出会いのあたりは物語世界になかなか入り込めず、不覚にも舟をこいでしまい妻に指でつつかれる。調書にある事にもかかわらずどうも現実感がわかない。しかしクライマックス(というのか?)に近づくにつれ、舞台をしっかり見届けようと眠気も吹っ飛んだ。「その日」が近づくにつれ定の口調も熱を帯び、都度変わっていく座り方などオンリーワンの役者の真骨頂を見せられる。もとより定への感情移入などは出来るはずもなく、ただ役者の迫力に身をゆだねればいい。

カーテンコールのかわり(?)に、プロデューサー笹部博司とのミニトークがあった。数年前他界した百物語の演出家・鴨下信一の話や蜷川幸雄演出との違いなどなど。蜷川幸雄は白石加代子にはあまり注文をつけなかったらしい。この「怪獣」をポンと中にいれればどうなるか見ていたのではないかとか、そんな話。応戦する彼女がチャーミング。トークの中で百物語の中でも大のお気に入りが筒井康隆の「時代小説」で、ロビーでも売っていると言われうっかり(いや、しっかり)妻が買って帰る。

ふざけるのもいい加減にしなさい。面白すぎる。

さて「時代小説」を帰って夕飯を食べながらさっそく鑑賞。のっけからどこまでが台本でどこからがアドリブかわからない言葉の雨あられ。「めくり」をバサバサしながら怪獣(失礼、だってトークで)の口と身体が自在に暴れまわる。物語(というのか)のテイストを大幅に劣化させて再現すれば、話は有耶無耶虞や虞や汝を如何せんと言われてもいつしか勝手に七転八倒今は何時と尋ねるスキもなく「どーだ、ついて来れるもんならついてきな」と歪んだ時空で繰り広げられる切った張ったの服部半蔵。筒井康隆と白石加代子が合体するとこんな笑劇の地獄図が繰り広げられようとは。「夕食時の鑑賞はご遠慮ください」のお断りをこれからは入れていただきたい。

この日は七五三。開演前に立ち寄った亀戸天神は阿部定や時代小説のような物騒な世界とはかけ離れた平和な風景。背後には634mの立派な仏塔。



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