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詰襟の制服

高校の制服は詰襟だった。昭和のあの頃(50年代)はそれが主流だったと思う。母校以外の近隣の学校がブレザー主流なので、詰襟はもう絶滅危惧種なのかと思っていたらまだ4割位の学校で採用されているようで意外。

詰襟で何が嫌だといって、襟のホックをすること。首を絞められるような窮屈さはゴーモン以外の何物でもない。まあ普段は外していればいいのだが。そして厄介なのが襟のプラスチックのカラー。伸ばした髪が何かというと引っ掛かり「いてえ」となる。おまけにすぐ割れる。外してしまえばいいのだが、白く見えたラインがないとどうも間抜けな感じがして常につける派だった。リッチー・ブラックモアのような髪の奴もいたので(その通りレインボーのファンだった)、彼などはどうしていたのだろう。聞くところによる近頃はラウンド型といって一体型のタイプが主流らしい。ラウンド型だと髪の毛問題は解決されるのだろうか。ブレザーに髪の毛問題はないが、ネクタイという小道具がある。制服として着る限りにおいてネクタイを緩めてだらしなくならないのはかなり難しそうだ。

ズボンは極めてノーマルなストレート。制服に手を入れるなんてことは一切しなかったし興味もなかった。演っていたのはユーミンでダウンタウンブギウギバンドではない。

そのかわり、ではないが制服の下はいい加減だ。入学の時に革靴や革鞄を購入したので、おそらく校則にあったのだと思う。しばらくはそのスタイルで登校していたが、1学期が終わる前にはスニーカーやバッシュ、スポーツバッグに変わった。有名無実となっている校則がゴマンとあることが分かったのだ。制服の下のワイシャツがチェックなのも、派手なシマシマソックスを履くのも、多分校則では不可だったと思うのだが、ほとんどの先生は気にも留めない。生徒手帳をろくに見たこともなかったので、校則の詳細は今もってわからない。

県内に制服のない公立校があり「いいなあ」と思ったが、学区外だった。今考えれば服装自由というのは金銭面を差し置いてもそれはそれで面倒そうなので、緩い制約のもとささやかな逸脱をするくらいがちょうどよかったのかも知れない。

ブラック校則と呼ばれて、不要どころか生徒は奴隷でもあるかのような掟が明るみになってきた。どんどん晒して問題にすればいいと思う。隷従になれるということは、人権以前に「ああでもない、こうでもない」と迷うことで育まれる脳の機能を著しく損なうことでもあると思うのだ。そして「たかが校則」という人間の語る天下国家は信用しない。


見出しのイラストは「かくたすず」さんの作品をお借りしました。


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