note_第61回大人の言うこと

大人の言うことを聞いたほうがいいか聞かないほうがいいか/新井由木子

 昔、祖母がお菓子の缶を見せて
「これには絶対触ってはいけないよ」
 と言って、それをそのままわたしの見ている前で、子どもの手の届かない棚の上に片付けました。
 それはきっと、子どもにおもちゃにされたら困る、何かとても良いものに違いない。
 そう思ったわたしは、祖母が見ていない隙に椅子を運び、それを踏み台にして棚に手を伸ばしました。缶には蓋がなかったので、そのまま中を手で探ってみたのですが、何が入っているのかわかりません。
 そこで両手で缶を下ろし覗いてみると、中にあったのは大量の使い捨てカミソリの刃でした。幸い刃がくっつき合っていたため怪我はしませんでしたが、ヒヤリとしたのを覚えています。

 それ以来、わたしがすっかり大人の言うことを聞く子どもになったかというと、そうでもありませんでした。歯を磨けと言われても磨かず虫歯になったり、火遊びをしてはいけないと言われれば、マッチを持ち出して部屋の中で線香花火をしてやけどをしたりしていました。
 そんな自分自身から学んだことは『人とは止められても、やりたければ必ずやる生き物だ』ということでした。そしてその代償を自分で払うことになるのです(思いつき書店vol.045参照)。

 ところで、そんな親から生まれた娘はどう育つと思いますか?
 わたしに似たのか好奇心旺盛な娘は当然色々なことをやってみたいわけですが、それに向かい合うわたしは『どうせ止めたってやるに違いない』と思っている状況です。
 ある時、小学校にお菓子を持っていくのが流行ったことがありました。学校から持ってこないように通達がありましたが、どうせ止めたってやるだろうと思っているわたしは、あえて阻止することはしませんでした。スーパーで、明日持っていくお菓子を楽しげに選ぶ娘を見て、見つかって怒られるがいい、と思うのでした。
 ところがです。物陰でお菓子を食べていた小学生が一斉検挙された際、娘だけが逮捕されなかったそうなのです。
「なんで?」
「ベロの下に隠したら、見つからなかった」
 罪が見つかるには物証だけでなく挙動不審もあります。特に子どもなら、後ろ暗いことがあれば、その態度から自ずと犯行はバレるものです。しかししっぽを掴ませない娘。この子は大物になるかもしれないと、その時初めて思いました。

 中学生になると、忘れ物をしたら内申に響くという通達が学校からありました。ところが体育に使う娘の鉢巻はずっと洗濯物干し場の隅にぶら下がっています。ここでもわたしは、ちゃんと翌日の準備をしなさいとは言いませんでした。忘れ続けて内申に響いて後悔するがいいと思っていると、意外に良い内申をとってくるのです。
「なんで?」
「同じ色の鉢巻を持ってる他のクラスの子に借りに行く」
 しかも、変動する時間割に合わせ、特定の人に借りるのではなく、色々な子に借りまくっているようでした。

 大人の言うことを聞くか聞かないかではなく、聞かなかった上で、どのように解決していくか! 大人の言うことを聞かないで、痛い目にばかり遭ってきたわたしより、娘は高いステージにいるようです。

 しかしこんなにユルい我が家でも、絶対に守らねばならないことがあります。
 それはどんなに夜遊びをしようが、必ず本当の居場所を報告するということです。止めたってやるのだったら、安全確保だけは譲れないのです。
「帰ってこなかったら母はその場所に行き、ずっと探し続けているんだからね」
 が、脅し文句です。
 娘はとても嫌そうに、
「クラブナイトに行きます」とか、
「バンドのひとたちと朝まで呑みます」とか、
「ナイトプールに行きます」とか言って朝帰りを繰り返し、今では立派な社会人になりました。大物になるかどうかは、まだわかりません。

画像1

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook