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アンノウン・デスティニィ 第9話「喪失(3)」

第1話は、こちらから、どうぞ。

第9話:喪失(3)

【2035年5月9日、つくば市・山際調査事務所】
 昼前に事務所のインターフォンが鳴った。
「ヤマダ宅配便です」
 アスカが門のオートロックを解除し、荷物を受け取るためにログキャビンの階段を下りる。いつもはたいてい昼の2時ごろなのに、きょうは早いな、と思った。
 どどどどっ、どっ、どどっ。エンジン音がした。
 きょうはバイク便か。それで時間が違うんだ。
 コーポレートカラーのオレンジ色のバイクが停まる。ハーフヘルメットのシールドをあげ荷台の蓋をあける。
「住所にまちがいないっすかね」
 手渡されたのは、A6サイズの薄い箱だった。
 誰からだろう、送り主欄をたしかめ、アスカの手が震えた。
 日向透の住所と名前が記載されている。右肩あがりのシャープな筆跡。まちがいない、透からだ。箱をもった両手の指先が冷たくなる。皮膚がざわつく。全身の神経が逆立ち、胸が苦しくなる。
 ――透は生きている? 生きてる!
 丸太階段を駈け上がる。雲を踏んでいるようだった。足が空回りする。扉を勢いよく開けると叫んだ。
「ボス! 透からの宅配便。透は生きてる!」
「なんだって!」
 シンも駆け寄る。
 ほら、とアスカは二人に箱を見せながら目尻をくちゃくちゃにする。久しぶりに口角がぴんとあがる。
 山際はよろこびかけた顔をすっと曇らせた。
「いや、待て。落ち着けアスカ。ここをよく見ろ」
 山際は受付日欄を指す。「2035年5月2日」と記載されていた。爆発事故の前日だ。
 アスカは片頬に笑みを貼りつけたまま固まる。
「それにしても、タイミングが良すぎる。自分が死ぬことを知っていただけでなく、受精卵が盗まれたことを俺たちが昨日確認することまでわかってたみたいだな」
 山際が仁王立ちで腕を組む。
「言ってなかったんだけど」アスカがためらいがちに口を開く。「透には未来透視能力があったの」
 山際とシンが顔を見合わせる。
「未来のすべてが視えるわけじゃないし、自分のことは自分の意思では視えない。意識とは関係なしにふいに映像が頭に浮かぶことがあるらしいの。法則性はなかったみたい。自分から透視能力を使うと激しい頭痛に襲われるから、めったに使わないって言ってた」
 アスカは箱を抱きしめて続ける。
「子どものころ天才って騒がれてたでしょ。問題を読んだだけで答えが見えるんだって」
「未来が視えることと同じってことか」
「たぶん」
「ということは、ぼくらが昨日映像を確認する場面を……視たんだ」
 シンが事実をたしかめるようにいう。
「ちょっと待って。どうして受精卵が盗まれる場面じゃなくて、あたしたちが犯行映像を確認している場面なの?」
「宅配の日時指定が今日になってるから」
 シンが配達日指定欄を指す。
「研究室が爆発事故を起こすことは?」
「それを知ってたら、事故を回避する努力をしたのでは」
「そうよね」
 アスカは肩を落とす。透が亡くなった事実を覆すことはできないのか。
「で、何を送ってきたんだ」
 山際はアスカが胸に抱えている箱を指さす。
 薄い箱の中には、チャック付ビニール袋に入れられたメモが1枚と、プチプチで梱包されたUSBがひとつだけ入っていた。メモには、謎の数字が印字されていた。

 36.08067/140.14762/D-C/3 2035/05/03/1551
 36.08067/140.14762/D-C/3 2035/05/10/1551

「なんだ、これ?」
 山際がすっとんきょうな声をあげる。
 シンちゃんが慌ててパソコンにUSBをつなぐ。現れた画面の先頭に同じ数字が並ぶ。あとは訳のわからない数式がページ数にして50枚も続いていた。
「メモは1枚めをプリントアウトしたものですね」
 シンがふたりを振り返って告げる。
「1行目と2行目の違いは、ここだけね」
 アスカが指したのは、最後のスラッシュの前にある「03」と「10」の数字だった。
「これは日付でしょう」シンが指摘する。
「2035年5月3日15時51分ってことか」山際が声をあげる。
「受精卵の窃盗犯が消えた日時じゃない?」アスカが続ける。
「ヘウレーカ!」
 画面を睨んで考えこんでいたシンが謎の言葉を叫んで立ちあがる。
 シンの頭頂が山際の顎を撃墜する。
「……」山際が叫び声も出せず、涙目でしゃがみこんだ。
「シンちゃん。頭だいじょうぶ?」
「俺の顎を心配しろよ。シンはだいじょうぶだ」
 山際がよろよろと立ちあがる。
「ヘウレーカは、古代ギリシア語で『見つけた』って意味さ。『アルキメデスの原理』を風呂場で思いついたアルキメデスが、ヘウレーカと叫んで裸で走ったていう逸話がある」
「へええ。シンちゃん、何を見つけたの」
「日付より前の数字はGPS座標、つまり緯度と経度」
「ひょっとしてラボの位置?」
「そう」といいながら、シンがスマホでラボのGPS座標を表示する。
「DはD棟だから、『D-C』はD棟とC棟の間の渡り廊下を表している」
「3は3階?」
 アスカが尋ねると、シンがうなずく。
「あす10日の15時51分に同じ場所で、ふたたび時空間が開くってことじゃないでしょうか」
 アスカは信じられないという面持ちでシンを見つめる。
「アスカ先輩、どうします?」
「もちろん、行くわよ。光の向こうへ」

(to be continued)

第10話に続く。


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