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アンノウン・デスティニィ 第10話「越鏡(1)

第1話は、こちらから、どうぞ。

【2035年5月10日、つくば市・国立基礎応用科学研究所】
 白衣姿の三人が議論しながら足早に、国立基礎応用科学研究所の中庭にあるガラス張りのエレベーター棟に向かっていた。すでに午後3時をまわっていたが陽は高く、まだ若い楡の新緑があざやかだった。一人は女性研究者で、肩までのゆるくウエーブのかかったオレンジブラウンの髪が風にそよぐ。背にリセ風のリュックを背負い、白い合皮のスニーカーが軽快に芝生を蹴る。右隣の男は白衣の前をはだけ、ぶざまにふくらんだ腹をゆらし頭頂部が年齢を物語っていた。ガムでも噛んでいるのだろうか、くちゃくちゃと口を動かしている。左の男はサーフィンが趣味なのか、まだ5月というのにすでに肌は陽に灼け、黒髪を後ろで一つに束ねていた。エレベーターで3階まであがるとD棟へとつながる空中回廊をゆったりと進む。
 3人は山際、アスカ、シンの変装した姿だ。
 シンの推理が正しければ、透のメモは5月10日15時51分に再びD棟とC棟をつなぐ空中回廊で時空間が開くことを示している。
 アスカは犯人を追って時空間の向こうへ行く覚悟を決めていた。ひとりで大丈夫といったのだが、「見送りぐらいさせろよ」と山際とシンもついてきた。さすがに上田情報官がきょうもラボにいるとは考えがたいが、岡島所長はいるかもしれない。3人とも2日前とはがらりと印象を変えている。そんなのはお手のものだ。
 向こう側がどんな世界なのか、ほんとうにワープできるのか、どんな危険が待っているのかわからない。最低限の装備はバッグに詰めた。毒針とスタンガンはもちろん、「持ってけ」と山際のスミス&ウエッソンのコレクションからリボルバーも一丁渡された。白衣の下は動きやすいよう黒のショートパンツと水色のTシャツだ。
 時計を確かめる。15時50分。オーケー、秒読み開始。
「アスカ」
 山際が呼び止める。
「どんなことがあっても、帰って来いよ」
 アスカは背をむけたまま右手の拳を天に向かってつきあげる。その手でウィッグをはずす。はらりと長く美しい金髪が扇のようにほどけて広がると、午後の淡い光のなかへと消えた。
 
 山際とシンはアスカが消えたことを確認すると、廊下を引き返した。
(あっさりと消えちまいやがった)
 コンビニの灯りの下で膝をかかえていた14歳のアスカの姿が急に浮かんだ。
 妙な感傷を追い出そうと頭を振っていると、十字に交わる通路の手前で急ぎ足で歩いてくる黒スーツの男とすれちがった。左脇が浮いている。
 山際の脊髄に緊張が走る。尻を掻くふりを装って腰にさしたS&Wのグリップを握る。「シン、左の通路に隠れてろ」と耳打ちし、自らは右の通路に曲がりすばやく踵をかえす。通路の壁に体を張りつけてそっと覗う。黒スーツの男はD棟とC棟を結ぶ空中回廊へと急ぎ足で向かう。腕時計を確認すると走り出した。
 山際はリボルバーを構える。
 アスカが消えた地点を男が通過する。
 男の太腿に照準を定め、引き金に手をかける――。
 が、男は消えなかった。
 その場で数度、空気を踏むように足踏みをし、きょろきょろと周囲を見渡すと、ちっと唾を吐き、なにもなかったようにC棟へと歩きだした。
 山際はリボルバーを腰に収めると、シンをうながしラボの研究員を装って男のあとを尾行した。

(to be continued)

第11話に続く。


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