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『葉隠』、宮本武蔵、そしてスティーブ・ジョブズへたゆたう

戦争中に、従軍記者をしたり、兵士相手に講演をした小林秀雄は戦後、軍国主義プロパガンダに加担したとして、ずいぶん叩かれた。同様に、宮本武蔵の言葉や、『葉隠』における武士道の考え方が戦争中の美徳として語られたことから、戦後はいずれも非難の的となった。

少壮軍人達の暴挙も、「葉隠」の翻訳ではない。あれこれ機械的に読み齧った近代思想の機械的な運動が彼等の情熱に点火したのである。

『私の人生観』「小林秀雄全作品」第17集p196

『葉隠』が書かれる約70年前、宮本武蔵は『五輪書』で、すでにその危険性を指摘している。

大形おおかた武士の思ふ心をはかるに、武士は、ただ死ぬるといふ道をたしなむ事と覚ゆるほどの儀也

《現代語訳》
およそ今の武士が思う心を推しはかるに、武士はただ死ぬ覚悟を心掛けるのが道だと思っているようである

『ビギナーズ日本の思想 宮本武蔵「五輪書」』魚住孝至現代語訳

徳川の時世になって40年あまり。合戦がなくなり、武士は官僚となり、剣術は武芸となった。実戦の経験がない若い武士は、戦いや死を観念的に考えがちだ。だからこそ宮本武蔵は「何時にても、役にたつやうに稽古し、万事に至り役にたつやうにおしゆる事、是兵法の実の道也」と説き、実戦に役立つ兵法として『五輪書』を記した。

その後、やはり武士の心得として『葉隠』が記されている。そのなかの「武士道といふは死ぬ事と見付みつけたり」という部分が問題となった。というのも、ここを先の戦争で特攻の兵士たちが、志を果たすためなら死をも厭わないと解釈したことから、死を肯定・礼讃する根拠として用いられた。

When I was 17, I read a quote that went something like: “If you live each day as if it was your last, someday you’ll most certainly be right.” It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: “If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?”

17歳のとき、こんな言葉を読んだ。「一日いちにちを、最後の日と思いながら生きるならば、いつかそのとおりになるだろう」。それが印象に残り、以来33年間、毎朝鏡を見て自問自答してきた。「今日が人生で最後の日だとしたら、今日しようとしていることをしたいと思うだろうか?」

アップルの創始者、スティーブ・ジョブズが2005年6月12日、スタンフォード大学の卒業式で語った言葉だ。武士道とは一切関係ない。しかし『葉隠』の「武士道といふは死ぬ事と見付みつけたり」と通じる。死を意識して物事に向き合えば、より身が入り、うまくいく。死を意識するから生が輝くのだ。生と死の二つを提示されたら、迷わず死を選ぶとい考え方ではない。

宮本武蔵や小林秀雄が、スティーブ・ジョブズの言葉を聞いたならば、何というだろうか。

「まさにその通り」

『事変の新しさ』「小林秀雄全作品」第13集p114

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