小林秀雄は、宮本武蔵が兵法の方法論をもって様々な芸事をも極めたことについて、「器用」を追究したと見ている。さらに宮本武蔵にとっては「思想」をも極める対象の一つだったと考えた。
この「善人をもつ事に勝ち…」というくだりは、宮本武蔵『五輪書』<地之巻>の結語部と註釈にはある。ただ、この言葉には前段があり、また意味は何となく分かるようで、分かったつもりになりたくない。そこで、やはり原文を参照してみよう。
宮本武蔵は、兵法を追究する手法をもって諸芸を究めたが、あらためて「兵法の道」を追究する心構えや心意気を説いている。「此所に至ては、いかにとて、人にまくる道あらんや」とまで言ってのけるだけの鍛練を重ねてきたのだ。
この「大きなる兵法」というのは、指導者論である。もちろん武術の指導者にとどまらず、国の指導者である。そして、武士の精神を説いている。兵法を極める、つまり指導者に必要なのは、あらゆることにおいて自己を磨く鍛練をすることであり、それが己に勝つということである。
人はどうやって生きるのか。どのように人生をいきていくのか。それは己を磨くことだ。そうして他人のみならず、自分をも「観る」ことができる。それを小林秀雄は「人生観を持つ事に勝つ」という言い方をしているのだ。
(つづく)