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【銭湯語り】映画「湯道」レビュー 〜全編お風呂愛100%!正統派の銭湯コメディ〜

 2月23日に公開された映画「湯道(ゆどう)」。銭湯好きを公言する身として早速チェックせねば!との思いから観に行ってきました。

 この映画を知ったのは昨年12月に「世田谷温泉 四季の湯」を出たあと、千歳船橋の居酒屋で一人酒をしていた時のこと。
 お店のお兄さんとの雑談中にたまたま銭湯のことが話題になり、その時にお兄さんが情報をくれたのが切っ掛けでした。
 なので、今回は千歳船橋の居酒屋のお兄さんに向けまして「ありがとう!あの映画、面白かったよ〜!」という感謝を込めつつ、簡潔ながら「湯道」の感想文を書いていきます。
(※若干ネタバレに近い所もあるのでご注意!※)


◆銭湯を舞台にした兄弟の確執と和解

(C)2023映画「湯道」製作委員会

 本作の企画・脚本を手がけた作家・小山薫堂氏は、過去にTV番組「料理の鉄人」、映画「おくりびと」の脚本、熊本県のPRキャラ「くまモン」を生み出したことなどで有名な方です。
 同氏が2015年に家元として拓いたのが「湯道」。お風呂を通じて人々の心身が癒やされ、絆や調和が生まれることの素晴らしさを、茶道や花道と同じような「道」として定めたもの…だそうです。

 この湯道の基礎理念となっているのが「湯以為和」=「湯を以って和を為す」という言葉。
 柔らかく言い換えれば「お風呂で温まればみんな幸せ、みんな仲良し」といった所でしょうか。
 この言葉がまさに、映画の方の「湯道」ではストーリーの根幹となっています。

(※以下、敬称略)
 映画は都会暮らしで建築家の主人公・三浦史朗(演:生田斗真)が、実家の銭湯「まるきん温泉」に帰省する所から始まります。彼が久しぶり帰省した理由は、銭湯を潰してマンションに建て替え、自分の仕事実績に加えるため。
 その「まるきん温泉」を経営しているのは、亡父から銭湯を受け継いだ史朗の弟・三浦悟朗(演:濱田岳)。銭湯の存在を軽んじて語る史朗の態度や、「史朗が父親の葬儀に来なかった」などの経緯もあり、悟朗と史朗は再会直後から対立し、強くいがみ合います。

 序盤の史朗の立ち振る舞いは、主人公なのにむしろ軽薄な悪者のごとし。
 そんな状況が変わる切っ掛けは、本作のヒロインである銭湯の住み込み店員・秋山いづみとの出会いからでした。
 銭湯を人一倍愛するいづみとの一悶着のなか、偶然から自分も銭湯仕事を手伝うようになった史朗。個性的な常連さんとの交流、いづみとの軽妙な掛け合い、悟朗との大喧嘩、事故で負傷した悟朗に代わっての銭湯営業などを経験します。
 その中で史朗は父が遺した「まるきん温泉」への憧憬、銭湯業への愛着などを取り戻していくことに。
 また、以前のいづみが史朗と同じく都会で激務に追われていたこと、心身の疲れを銭湯に救われたことを知り、史朗も建築家仕事に挫け気味であることを吐露。周囲に心を開くようになっていきます。
 こうした変化を経て、物語の後半では史朗・悟朗兄弟の対話と和解、そして兄弟&いづみ&銭湯のお客さん全員に宿る深い「銭湯愛」が描かれます。

 総評としては、小細工抜き&正攻法のコッテコテな銭湯讃歌!
 普段から銭湯好きな人なら主人公達や周りの人々に感情移入するでしょうし、未経験の方も試しに行ってみたくなるのでは。


◆個性的なサブキャラが入り乱れる、テンポ良いドタバタ人情コメディ

 また、物語の縦軸である主人公兄弟の変化に加えて、「まるきん温泉」の常連さん達+αのコミカルで個性的な顔ぶれも、物語の横軸として大きな見所です。

 退職金で自宅風呂を檜風呂にリニューアルすることを夢に、「湯道会館」なる施設で湯道の稽古に励む(1)横山さん(演:小日向文世)をはじめとして…

 (2)女風呂で歌謡曲熱唱が趣味の天童よしみ激似のご婦人
 (3)史朗へ無愛想に接する、強面で酒好きな定食屋の主人
 (4)帰省直後の史朗にも気さくに接する定食屋の奥さん
 (5)銭湯文化をよく知らないアメリカ人男性
 (6)その彼女さん
 (7)彼女さんの頑固親父さん(アメリカ人男性から見て舅さん)
 (8)銭湯通いが日課の老人
 (9)老人と一緒に銭湯へ来る老婦人
 (10)出所直後にコーヒー牛乳を求めてやってくる元受刑者
 (11)超辛口の温泉評論家
 (12)アフロヘアーに秘密があるお風呂DJ
 (13)湯道会館の駄洒落好きな家元
 (14)その一番弟子の和装イケメン
 (15)リヤカーで銭湯に廃材を運んでくる「風呂仙人」なる怪人物

 …などなど、本当に沢山のサブキャラが登場するのです。

 上記のとおり数多くのサブキャラクターを登場しますが、その中で「ただ立ってるだけで印象薄」逆に「出過ぎ、悪目立ち」となる人はほぼ皆無。誰もが印象的で人格や個性を掴みやすく、適度に本筋にも絡んでくるというキャラ捌きの細かさ、場面配分の巧みさが本作の凄いところです。
 「まるきん温泉」を核として場面の繋がり方やテンポが非常によく、中だるみすることないまま、サブキャラクター達にも自然と親しみと思いやりを持てる作りになっています。

 特に僕が感情移入したのが、前述の横山さんでした。
 定年退職直前の物寂しさを抱え、家庭内でも片隅に追いやられ気味、老朽化した家風呂に入浴する時は半泣きで、反動で湯道会館での稽古にグングンのめり込むという、いささかメンタル面で不安定さを抱えていた横山さん。
 しかし後半では家族に深く愛されていた事が分かり、とうとう念願の檜風呂で湯に浸かり…ここの場面で涙腺が緩んでしまう人は、きっと少なくないはず。


◆シリアス・深刻になりすぎないストレスフリー展開

 一方、この映画では銭湯の素晴らしさや明るい側面だけでなく、前述の史朗・悟朗のギスギスに加えて、銭湯の後継者問題、お客さんの減少・高齢化など、銭湯にまつわる世知辛い側面も挿入されます。
 特に後半では「まるきん温泉」の閉業問題が物語に大きく関わるほか、掛け流し温泉至上主義で銭湯の価値を認めない評論家(演:吉田鋼太郎)と「まるきん温泉」一同が対決する場面も。

 しかし、それらを含めても極端に深刻・シリアスになりすぎない、最後まで明るいノリが映画では徹底されています。
 史朗と悟朗の大喧嘩は男湯女湯とボイラー室を行ったり来たり、二人の仲裁に入ろうとするいづみも交えて店内をぐるぐる駆け回る様子はまるで「トムとジェリー」のような印象。
 評論家と対決する場面でも史朗・悟朗と常連さんたちが銭湯の素晴らしさを演劇っぽく語り上げ、横山さんも意外な形で活躍したりします。

 どんなトラブルや困難にもへこたれない、お風呂があれば大丈夫。こうした物語作りからは、何処となく「温かいお風呂さえあれば、どんな辛いこと、大変なこともきっと乗り越えていける」というメッセージ性も読み取れました。


◆東西・虚実を織り交ぜた、銭湯好きも唸らせるセット・小道具

 銭湯好きの目線からして好印象だったのは、「まるきん温泉」を彩るセットや小道具類の細やかさでした。

 「まるきん温泉」の入口部分はまだセットらしさがあれど、脱衣所や浴室の内装に小道具などは非常にリアルです。
 鑑賞中は「どこかの銭湯でロケしたのかな?」とも思っていたのですが、映画の後でパンフレットを読むと、全て松竹撮影所のスタジオを使ってセットを組んだと書いてあって驚きました。

 「まるきん銭湯」の浴室は、壁面にカランが並んで室内中央に浴槽が鎮座するという関西タイプ。対して浴室壁面のペンキ絵は関東で定番の富士山と、いわば東西銭湯のミックスだそうです。
 少しバランスが崩れるとリアリティが薄れてしまいそうですが、そこに着実な実在感が与えられているあたりにディテール密度の高さが伺えます。

 また、脱衣所の小道具類は京都の閉業した銭湯「柳湯」さんから借りたものとのこと。
 どこか懐かしさや憧憬を感じさせる撮影セットと、実在した銭湯の小道具類との組み合わせも、虚構であるはずの「まるきん温泉」に現実と地続きであるかのような輪郭を与えているのかも知れません。
 また、既に銭湯での役目を終えたはずの什器や道具などが、こうして再びスポットライトを浴びることも、個人的に感慨深さがありました。

 本作は銭湯経営者やスタッフ、常連客などが「まるきん温泉」という舞台を中心に動く群像劇。
 いわば舞台となる銭湯自体が影の主役とも呼べるだけに、そこに「本当にこんな銭湯がある(あった)のかも?」と思わせるような生活感や息遣いを持たせてくれた美術スタッフさん達には敬服するばかりです。

(C)2023映画「湯道」製作委員会
銭湯・温泉でのマナー啓発風のポスター

◆ヒロイン・いづみのモチーフは「銭湯図解」の塩谷歩波さん

 虚構と現実の橋渡し役と言えば、もうひとつポイントが。
 ヒロイン・秋山いづみのモチーフになったのは、高円寺の「小杉湯」で働き、「銭湯図解」などの著作でも知られる塩谷歩波さんだそうです。いづみの深い銭湯愛や、「まるきん温泉」に居着く以前の仕事に疲れた過去なども、塩谷さんのお人柄や経歴がベース。「銭湯図解」風のイラストも、こうしきHPやパンフレットで閲覧可能です。

 「小杉湯」は僕個人にとっても、何度も足繁く通っている大好きな銭湯のひとつ。「銭湯図解」も家の本棚にあり、何度も読みたくなる名著です。銭湯に関わる自分のライフスタイルと、銭湯に関わる映画とが、こうした所でリンクしていると知ると、とても嬉しくもあります。

◆全編に銭湯愛の詰まった作品。

 ここでは詳しくは書きませんが、本作のエンディングは敢えて想像や解釈の余地を多めに残した、不思議な余韻を残すものになっています。

 「まるきん温泉」と史朗・悟朗の兄弟、いづみや常連さん達は、あのラストの後でどうなったのでしょうか?

 しかし、この手の展開に有りがちなモヤモヤ感や消化不良感は、この映画にはありません。
どう転んたもしても、きっとみんな大丈夫。良いお風呂があれば、みんな笑顔になれるから。風呂入ってサッパリすれば、どんなことも大体何とかなる!

 そんな風に背中を押してくれる、風呂上がりのスッキリ感にも似た、とても爽やかな映画でした。

「湯道」映画情報

【公開日】2023年2月23日 【映倫区分】G
【製作年】2023年 【製作国】日本 【配給】東宝
【上映時間】127分 【ジャンル】ヒューマンドラマ
引用元URL:https://moviewalker.jp/mv78677/

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