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【取材】第一三共のサステナビリティ(前編)

公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美

こんにちは。今回は医薬品業界大手の第一三共株式会社のサステナビリティの取り組みについて、詳しく取材した内容をご紹介します。第一三共株式会社サステナビリティ部の原田さん、有馬さん、山本さんにお話をうかがいました。

第一三共株式会社サステナビリティ部 原田径子さん(写真中央)、有馬覚さん(写真左)、山本広樹さん(写真右)

企業理念をパーパスとミッションの2つに分けて再定義

――現在のパーパスの制定過程や、内容に込められた思いや視点、自社ならではの独自性についてご教示ください。

原田さん:当社のパーパスは企業理念の一部であり、その内容は「世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」というものです。また、ミッションは「革新的医薬品を継続的に創出し、多様な医療ニーズに応える医薬品を提供する」で、これらを合わせて企業理念としています。

原田さん:もともとの理念は「革新的医薬品を継続的に創出し、多様な医療ニーズに応える医薬品を提供することで、世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」というものでしたが、それをパーパスとミッションの2つに分けたのが第5期中期経営計画(2021年度)からです。

 背景として、それ以前からハーバードビジネスレビューなどさまざまな媒体でパーパス経営の重要性が強調されていた時期でもあり、経営と投資家との対話においてもパーパス経営の重要性が指摘されていました。そうした中で、第5期中期経営計画の策定時に、存在意義に立ち返ることの重要性が改めて認識され、企業理念に含まれていた存在意義を当社のパーパスとして最上位概念に位置づけ、定義し直したということになります。
 このように、2005年の第一三共の設立当初から一貫して企業理念の考え方は変わっていません。

パーパス、ミッション、ビジョン実現に向けた、グローバルな企業文化醸成の取り組み「One DS Culture」

――One DS Cultureの醸成度合はどのようになっていますか?また、経営・幹部層はどのようにOne DS Cultureを語り、推進していますか?

原田さん:パーパス・ミッションは、当社の企業活動に根深く浸透しているものであり、「革新的医薬品の創出を通じて」という部分は、当社事業の核心であり、社会への価値提供の在り方そのものです。社員の多くが「患者さんに貢献したい、そのために革新的医薬品を創出する」という熱い思いを持っていて、特に社内浸透を意識して施策を講じてきたというよりも、製薬会社である以上、「患者さんのために」という思いを、入社当初から持つ社員が多いということが大前提にあります。

 とはいえ、2024年3月現在で、当社グループ社員数は約1万8000人、日本と海外の社員の割合はほぼ半々くらい、また海外売上高が全体の約6割を占めるなど、急速なペースでグローバル化が進んでいます。
 当社主力事業ががん事業を中心とするスペシャルティ領域に移行する中で、海外での売上高が急速に伸びており、その結果、海外の社員が圧倒的に増えていることが背景にあります。
 当社グループは、真のグローバル企業への進化を目指すことが必要となっており、そのために世界中の社員が協力・信頼し合いながら、力が最も発揮されて働きやすい状態を目指すこと、第一三共の価値観をしっかりとグローバル共通に持つこと等を目指し、企業文化の醸成に取り組んでいます。このような取り組みを通じ、革新的な医薬品を継続的に創出できる職場を実現し、顧客へのより良い価値提供に繋げていきたいと考えています。

 2020年、第5期中期経営計画が始まるタイミングで「One DS Culture」醸成のためのGlobal Culture Initiativeをスタートさせ、パーパス、ミッション、ビジョンの下にCore ValuesとCore Behaviorsを整理しました。Core Valuesは以前から存在していましたが、さまざまなリサーチとグローバルな議論を経て、3つのCore Behaviorsが新たに策定されました。Core Behaviorsとして「Be Inclusive & Embrace Diversity」、「Collaborate & Trust」、「Develop & Grow」の3つがあります。これをグローバルで醸成する取り組みとして、グローバルリーダーを対象としたワークショップやストーリーテリング動画の配信、各組織におけるカルチャーアンバサダーの活動などを進めています。

第一三共のOne DS Cultureを表す図。One DS CultureはPurpose・Mission・Vision・Core Values・Core Behaviorsの集合体。

原田さん:また、グローバル化に向けては、グローバルマネジメントをより一層進化させていきます。グローバル連携がより促進される組織設計において不可欠なグローバル共通の人事制度を導入し、人的資本の人事基盤やシステムを共通化することで、これもカルチャーの浸透を後押しすると考えています。

 最近の取り組みとしては、Develop&Glowを促進するプラットフォームである「DS Academy」を今年4月より立ち上げました。現在、さまざまなプログラムを企画中ですが、先行してグローバルリーダーの育成をフラグシッププログラムの1つとして開始しています。旧社時代から続く創業者の創薬に対する考え方や理念など、第一三共のDNAを継承していくプログラム等が検討されています。

One DS Culture醸成のカギはトップのコミット、カルチャーアンバサダーや表彰イベント

――One DS Culture醸成の過程やそこでの学びや気づきについてご教示ください。

原田さん: 2021年度にトップ自らがCEOキャラバンを複数回開催し、延べ1万人以上の社員がオンラインで参加しました。また、ワークショップの開催やグローバルリーダーによるメッセージ動画の発信等を行いました。グローバルリーダーのメッセージは自身の経験に基づいたストーリーテリング形式のビデオとして全社員に共有されています。
 毎年グローバルに行われるエンゲージメントサーベイを通じてCore Behaviorsの浸透度を確認し、課題を共有し、翌年度の活動に反映させていく、というような活動をここ数年続けてきました。CEOからの全社員へのメッセージでは、今年はこういうことに取り組みますという指針が示されており、エンゲージメントサーベイの結果なども基に、具体的な施策を提示しているため、非常にわかりやすいです。

 組織内にはカルチャーアンバサダーが配置され、各組織における「One DS Culture」醸成の推進役として活躍しています。実際に職場に落とし込む際には、その組織のリーダーとアンバサダーが1年間の計画を立て、さまざまなテーマで対話会や研修を行っています。私自身も、この対話会でのディスカッションを通して自社のパーパスやCore Behaviorsの重要性を深く考える機会となりました。

 また、第一三共のCore Behaviorsを体現している社員を各組織から推薦してもらい、グローバルに表彰するという「Core Behavior Awards」イベントを実施しています。これは2022年度から年1回のペースで、今までに2回実施しています。ここでは、表彰された社員の経験を全社員に共有するという取り組みも行っています。

 さらに今年度から、評価制度にもCore Values/Core Behaviorsの視点が加わりました。これにより、Core Behaviorsの実践が促進されると思います。

サステナビリティ部 原田さん

――One DS Culture醸成の取り組みでは特にカルチャーアンバサダーが効果的に機能しているということなのですね。

原田さん:そうですね、やはり海外から見ると日本の企業文化は馴染みにくい部分があります。逆に日本から見ても同様です。当社は日本オリエンテッドの企業ですが、今後グローバル化をより一層推進し、グローバル企業を目指していく中で、海外の社員との協業は非常に重要です。その連携をうまく進めていこうとする中で、Core Behaviorsのような共通の行動様式を持つことの重要性を、海外の同僚とのやり取りが増えるほど感じています。

グローバル組織への変革に向けた「One DS」

―One DS Culture醸成の取り組みの進め方は国によって違いはあるのでしょうか。

原田さん:進め方は各組織によって異なると思います。当社のグローバル組織体制の中では、日本人だけの組織もあれば、さまざまな国の人がいる横断的な組織も多く存在します。例えば、レポートラインがアメリカにあるが、所属している人たちはさまざまな場所にいるという状況もよくあります。そのため、それぞれが直面する課題も異なる場合があり、各組織はそれぞれの状況に合わせた形でカルチャーを築いています。

有馬さん:私たち第一三共グループは、グローバル化にあたり、進むべき方向性や考え方を合わせていくため、「One DS」という考えを大切にして取り組んでいます。例えば、先ほどご紹介したように、第一三共として大切にすること、例えば「Learning from Experience」など、重要な要素を一つずつ集めて「これがOne DS」という形で一つの目指す方向を明確にし、グローバル化を推進しています。
 グローバル化を進める際に社員の意識がバラバラになっては問題ですから、多様性を受け入れつつ「こういうことが大事なんだ」と、第一三共グループ経営層が明確に提示することが重要だと考えています。

原田さん: One DS Culture は、 パーパス・ミッション・ビジョン・Core Values・Core Behaviorsの集合体であり、当社の価値創造プロセスの土台となっています。
 毎年1回、海外を含めた各組織のトップが集まりますが、その際に「GCI Leadership Forum」というイベントを開催します。このイベントでは、One DS Culture醸成のベストプラクティス共有や、グローバルエンゲージメントサーベイ結果やその年のテーマについてもディスカッションを行っています。リーダーが一丸となり、自らが先頭に立って推進していくことの重要性を認識する貴重な機会であると考えています。

第一三共のサステナビリティマネジメント体制

――貴社のサステナビリティマネジメント体制についてあらためてご教示ください。

有馬さん:当社では、パーパス、ミッション、企業理念から、すべての企業活動において遵守すべき行動原則を定めて推進しています。これらは、大きなサステナビリティの枠組みの中で、いわゆるマテリアリティとして明確に示しています。

 マテリアリティマネジメントの体制としては、経営企画部とサステナビリティ部が共同事務局となり、KPIの進捗確認などを行っています。KPIを設定する際には、新型コロナウイルスが社会的に大きな影響を及ぼしていた時期であるため、そうした状況も考慮しながら経営会議や取締役会で議論を重ねて設定しました。

 そのKPIは第5期中期経営計画のスタート時に設定したものですが、それにとどまらず、毎年「今のKPIで良いのか」といった点も含めて進捗状況を確認し、必要に応じてマテリアリティのKPIそのものの改善を検討しながら、取り組みを推進しています。

原田さん:私たちサステナビリティ部は、法令や規制の動向、社会を始めとするステークホルダーとの対話やESG評価機関の調査結果を通じて、第一三共グループに対し社会から要請・期待されている重要なサステナビリティ課題を認識し、経営課題に統合させ、第一三共グループ全体で推進していく役割を担っています。実際の取り組みについては、それぞれの重要テーマごとに、主幹する部門が実行責任を負い、当部ではその活動を全体としてモニタリングし、経営会議や取締役会に報告しています。

第一三共のマテリアリティマネジメント体制図

💡中編では、ステークホルダーコミュニケーションや、「患者さん中心」の取り組み、マテリアリティとKPIなどについてうかがったお話を紹介します。

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