夜釣り (短編小説)
夜が深くなると、私は自分の孤独を紛らわす為にXにある投稿をする様になっていた。
それはまるで夜釣りみたいなもので、、
私は自分の存在を確かめたかった。
「今 家出をして困っている人
私の所でよかったら泊まっていいですよ(無料) 気軽に連絡ください。都内 」
#新宿 #安い宿#予約不要
夜釣りを始めて3ヶ月が経った頃、暗闇に垂らした糸に張りを感じた。
「泊まる所を探しています」…
私はこの短いメッセージに返信した。
「私の住まいは新宿からタクシーで10分程です。」
ネットの情報で、家出をした若者は新宿を目指すとあった。
直ぐに返信が来た。
「タクシーいくらくらいですか?」
お金があれば、ネカフェや深夜営業店で過ごせるが、こんな時間に連絡が来るというのは、かなり切羽詰まっているのだろう。
東京の2月の夜は、身も心も凍える。
「タクシーのお金はこちらで払ってあげますよ^_^ 私はあなたにお会いした事がないので、年齢と性別をおしえてください」
もしもこの時点で相手の性別が男性だったり、未成年だった場合は返信しなければいいだけだ。
「18 女です」
私はタクシーの運転手に伝える場所の名前を伝え、10分後に指定の場所で待った。
到着したタクシーから現れたのは、垢抜けない普通の女の子だった。
私は自分のマンションには直ぐに戻らず、近くの24時間営業のラーメン店に寄って、彼女の話を聞きながら心の隙間を探す事にした。
彼女の名前はカナと言うらしいが、本名かどうかは分からない。
私は自分を木村と名乗った、もちろん本名ではない。
カナは栃木からやって来た。
両親はカナが物心つく前に離婚し、夜の仕事をする母と高校を中退してしまった半グレの弟と3人でアパートに暮らしているらしい。
その日 カナは意思疎通の取れない母と壮絶な喧嘩をした。
更には弟と半グレ仲間たちは近所迷惑など顧みずに酒を飲み、ラップを流しながら大声で騒いでいた。
居場所を失ったカナは耐えきれなくなって家を飛び出した。
あてにしていた女友達の家には彼氏が来ていて行く事が出来ず、栃木に居場所を失ったカナは、あてもなく電車に乗り夜23時に新宿駅に流れ着いた。
ネオンの明かりを頼りに自分の居場所を探して夜の新宿を彷徨ってみたのだが、新宿エリアの深海には弟の友達たちやピラニア達が獲物を狙って徘徊していて、怖くなったカナは一人で喫茶店に入り、私のXの投稿に出会ったらしい。
ラーメンを半分くらい食べたくらいからカナは汗を掻き出した。
顔色は赤くなり、目がうつろ気味になっていた。
カナの額に手を置くとかなり熱かった。
私はカナをアパートに持ち帰り、熱を測らせたら40度近かった。
とりあえず氷で頭を冷やし、ベットに寝かせた。
小さな獲物はまもなく寝息をたてながら夜の闇に紛れていった。
仕方がないので、私もその日は竿を闇の中に立てたまま、隣のソファーで寝る事にした。
次の朝、私はコーヒーを飲みながら仕事のメールやスケジュールの確認などをしていた。
カナはお昼近くになってやっと目を覚ました。
「おはようございます… あの…昨日はありがとうございました」
「おはよう、寝れた? 凄く汗掻いてたよ」
「ホントにすいませんでした…あの…汗で布団が…」
「気分どう?、、、あっホントだ 汗で布団すごく湿ってるね、今日は天気いいからベランダに干せるから大丈だよ^_^」
「いっぱい寝かせて貰って 体調はすっかりいいと思います….」
「よかったぁ〜 ちょっと焦ったけどね(笑)」
「あの… ここどこですか?」
「えっ、、昨日の事覚えてない?」
「じゃなくって.. 昨日は夜だったし..タクシーに乗ってここまで来たんで…」
「そっか ここは幡ヶ谷っていう所で、新宿や原宿なんかにわりと近い場所だよ」
「私 東京の事 知らないんで..聞いても分かんないや….」
「緊張しないでリラックスしていいよ、俺 病人襲ったりしないし、、
なんならタメ語でいいよ カナさん ^_^」
「新宿と原宿って近いんですか?」
「そうだね 近いかな、、、原宿行った事ある?」
「ないです….」
汗を大量に掻いたまま寝てしまった為、カナの洋服はシワだらけになっていた。
「とりあえず俺、そこのスタバでコーヒー買って来るから、その間にシャワーして着替えなよ、、、ヘアドライヤーは右の戸棚に入ってるから」
外が明るくなり、私は孤独の世界から解放され現実の世界に戻っていた。
私は年ごろの女の子に気を遣い、時間をかけてコーヒーを買いに行った。
部屋に戻ると、昨日と違う洋服を着たカナが髪の毛を乾かしていた。
「おかえりなさい….ゆっくりシャワー浴びさせてもらいました…..外寒くなかったですか?」
「おっ 元気そうじゃん、、、ってか腹へんない?」
「….あっ はい…」
「とりあえず 髪の毛乾いたら飯行かない? 」
「でも木村さんお仕事大丈夫ですか?」
「俺 今日在宅勤務なんだよ、、、何食べたい?」
「なんでもいいです… わたし東京わからないし…」
「じゃー、、今日がカナさんの人生最後の日になるとしたら何食べたい?」
「えっ 今日が最後の日?ですか…. 最後の日だったら美味しいお寿司かな…」
「俺、前から気になってて行きたい所あるんだけどそこでいい?」
「うん…」
私は小さな獲物を連れて原宿に行った。
平日の原宿は週末程の混雑が無いので助かる。
カナは原宿の洗練された波動を受け、身体を硬くしていた。
「急に無口になるなよ」
「だってわたしだけ田舎者って感じじゃないですか…. 原宿に来るんだったら違うカッコしたかったです…」
確かにカナが着ている地味なジャンパーと靴はカナが田舎から来た事を証明する様な物だった。
目的地に向かう途中、白いダウンジャケットをディスプレイしているお洒落な店が目に入った。
「これカナさん似合いそうじゃない?」
「可愛いです…」
「原宿っぽいじゃん、、、試着してみようよ」
私はカナを連れて店に入った。
「いつもサイズ何?」
「え…いいですよ 着なくって」
「あんま敬語で喋られるとパパ活みたいになって恥ずかしいよ、、」
「着なくっていいよ…」
お洒落な店員がカナに丁度いいサイズのジャケットを持って来て、丈が長い物と短い物がある事を伝えて来た。
「カナ どっちが好き?」
「えっ….短いの….」
店の奥にあったニューバランスの白い靴と丈の短いジャケットのタグを切ってもらって私達は店を出た。
「やめてください……これいくらだったんですか?」
「だって家出少女連れて寿司屋行ったら 俺 変な目で見られちゃうじゃん^_^」
典型的な田舎家出少女のファッションから原宿スタイルに着替えたカナは今風の可愛い女の子になっていた。
目的地の寿司屋に着いた。
「ここ来たかったんだけど一緒に行く相手いなくてね、、、」
「彼女さんとかいないんですか?」
「いないよ (苦笑) カナさんは?」
「いないです…… あっ 回転寿司なんですか?」
「うん 安心した?」
「はい…. でも人生最後のお寿司は回転じゃない方がいいかも…」
「だよな(笑)、、、遠慮しないで好きなもん食ってね」
15分ほど待たされ、私達は席に案内された。
「お嬢様の着ている可愛いジャケットはこちらにお掛け下さいね」
買ったばかりのカナの白いジャケットは壁に掛けられ輝いた。
「えっ..ここやばくないですか? お寿司一つしか乗ってないのに800円ですよ!…….東京ってこんなに回転寿司高いんですか?」
「やばいだろ (笑)、、ここ、銀座に本店がある高級店で、回転寿司のスタイルにする事によって経費を抑えてるらしくって、リーズナブルに高級店の寿司が食えるらしいんだよ。
俺も遠慮なく行くから カナさんも遠慮なく行ってね」
私はいきなり一貫800円のマグロから食べて、カナは一貫510円の白身からスタートした。
「やばっ…..美味し過ぎます」
私は800円の皿を取り、カナに食べさせた。
「やっぱ来てよかった。 やばくない?」
「やばいです….」
「あの……..トイレ行って来ていいですか?」
「奥の右の方だよ、、」
15分くらい経ってカナがトイレから戻って来た。
「急に美味いもん食ってお腹やられた?」
「そんなんじゃないです…………..生理になっちゃった」
「あっ ごめんごめん、、、」
年ごろの女の子に気を遣えなかった自分が、恥ずかしく感じた。
二人で食べた回転寿司の合計金額は2万円近かった。
店を出てから二人で原宿の街を散策した。
道中 カナは初めての原宿の印象、バイト先の話し、好みの男性の話し等をしてくれた。
周囲が徐々に暗くなり始めた頃、私とカナはおしゃれなカフェに入って抹茶味のクレープを注文した。
すっかりと東京の女の子になったカナは、笑顔で私に出身地や職業、私が今まで結婚をしなかった理由等を聞いてきた
そして、、
「いつも家出した人 泊めてるんですか?」
軽い沈黙の後、私は素直になり自分は孤独の世界で葛藤する中年男であるとカナに打ち明けた。
そしてカナが初めての家出人宿泊者である事も告げた。
「へー….そうだったんですね」
私とカナの立場が逆転したかの様だった、、
帰りに原宿の有名店で「カツサンドイッチ」を買って二人は私のマンションに帰った。
マンションに帰ってからは二人でたわいもない話しをしながら時間を潰した。
そして、夜も遅くなって来たのでカナも私もパジャマに着替えた。
「木村さん 今日メチャ楽しかったです….あと 洋服と靴もありがとう…」
「俺も人とこんなに楽しく過ごしたの学生の時以来だよ、、、
それにお金持ってても、使う場所無かったから思いっきり使えて気持ちよかった。
あと、父親の疑似体験もしたしね (苦笑)」
「あの…わたしバイトがあるんで、明日家に帰ります。この二日間お母さんや弟の事考えないで過ごせてよかったです…ありがとう…」
「あと……生理になっちゃってごめんね」
「別にいいよ…」
「電気暗くしてもいい?」
私は部屋の電気を消しソファーに横になって毛布をかけた。
カナは私の足元の方からゆっくりと毛布に潜り込んで来た。
夜の闇に溶け込む小さな獲物は餌を探した
獲物は孤独の竿の先にある餌を捉え、糸を強く張った
餌に食いついた小さな獲物はひたすらにもがいた
深海で膨張した餌は 小さな獲物を捉えて離さない
小さな獲物はひたすらにもがいた
闇から放たれた白い光に驚き、小さな獲物は慌てて餌から離れた
放たれた白い光は小さな獲物の口の中に大きく広がった。
次の日の朝、私はカナを新宿まで送って行った。
通勤客で賑わう新宿駅には弟の友達たちの姿は無い。
「木村さん…あの….また会いに来ていいですか?」
「えっ、お母さんと喧嘩したら?」
「今度 父の日とかあるし….ライン交換いいですか?」
網にかかった私は、暗い孤独の世界から引き上げられた。
曖昧な旅人
「あとがき」
no+eを初めて何日間が過ぎました。
時間を持て余し、色々な物への感動が薄れていた私に、書く事がこんなに楽しいもんだとno+eは教えてくれ、思っている事、事実体験、過去の整理等をしている中、みなさんの描かれる「短編小説」という分野に出会い、私も挑戦してみました。
未熟な文で大変申し訳ございませんが、これを書いている時間は夢中になり、とても楽しかったです。
孤独な世界に住む私は実在いたします。
外が明るくなと、私は孤独な世界から解放され現実の世界に紛れております。
コメントやメール等頂けたら嬉しいです。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?