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未来世代のウェルビーイングを想像し、「意思決定のあり方」を変えるためのツールキット

SDGsや持続可能性、はいまや毎日のように聴く言葉。何らかのレベルでこれらを念頭においた取り組みをしている個人も企業も自治体も、増えています。

SDGsの元となったSustainable Development=持続可能な開発とは、「環境と開発に関する世界委員会」にて委員長のノールウェー首相が1987年に公表した「Our Common Future」で取り上げたものですが、"将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発"を指します。

一方で、未来の人々が何を求めているのか、そこに配慮し、想いを馳せることは果たしてどのくらい日々の中にあるのでしょう。スマホの通知や明日の打ち合わせでいっぱいになったり、四半期での目標達成に向けた施策を打ったり。その想像なしに「SDGs=マイボトルを持っていく」と取り組みが単純化されてしまっている節もあるのでは...。

今回は、今のわたしたちだけではない、未来世代の視点をふまえることを具体的にそれをサポートするツールも合わせてご紹介します。

現代人と未来人のあいだに存在する、想像しえなさと格差

原発は10万年に渡り、核廃棄物を後世に遺し、石油資源は数十年後には枯渇するかもしれず、爆発的な世界の人口増加によって食糧危機も叫ばれる。未来に影響するものごとに、未来に生きるであろう人々は声をあげられない...その意味で、現在に生きる私たちと、未来の人々のあいだには、埋められない格差があります。

もちろん、こうしたことを私たちは悪意のもとで行っているわけではありません。石油資源を「未来の人から奪ってやろう」と思っているわけでは、当然ない。

未来世代への脅威は意図せざる結果として生じるということ、つまり誰かの悪意によって生じるわけではない
戸谷洋志「ハンス・ヨナス 未来への責任」p. 90

ただ、それは私たちの”意図せざる結果”、つまり想像もしていなかったことから起こりうるのです。少しまえに中国でデザイナーズベイビーの誕生が話題になりました。ゲノム編集は、たとえば特定の病気のリスクを排除できるかもしれませんが、それが何世代または何十世代の後に影響が出る可能性もある、とされています。

どうすればいいのか。あらゆる想像を巡らせること、それだけしかできないのかもしれません。しかし、哲学者ハンス・ヨナスは、こう語ります。わたしたちがいろんなテクノロジーや現在の行動の結果が社会に及ぼす影響を予測しきるなど不可能だと。

確かに、、少し考えてみます。現在は、誰しもが細切れで足早に通り過ぎるような時間感覚を感じているのではないでしょうか。09:00には仕事をはじめるから、08:00には起きて...いや、でもコーヒーを飲んで一息つく時間はほしいし...と。細かな時間で区切るような暮らしの営み。これは、1870年代に”鉄道の発展”によって「時刻表」が作られたときから始まった、とも言われています。それまではもっと、今目の前の時間に没入できていたのかもしれない。この鉄道と時刻表はある種の発明、新しいテクノロジーともデザインともいえますが、当時の人々は、それにより現在のわたしたちの時間感覚がさっぱり変わってしまい、さらにはそれに情報環境の発達があいまって、時間に追われる日々がくるなんて想像しえなかったのでしょう。

結局のところ「想像しえなさ」を認めるしかない。しかし、その限界に目を向けながらも複数の、あらゆる可能性に想いを馳せること。それが重要だとヨナスは述べます。そうした想像を働かせる際、重要なのは今のわたしたちにとっての「よさ」と未来世代にとっての「よさ」が異なるであろうこと。それゆえに、未来世代の視点に立ちながら、考えを巡らせていくことで、今のわたしたちの価値基準をゆさぶっていく。そうしたプロセスが必要ではないでしょうか。ということで、具体的な事業や政策への意思決定プロセスの変容のヒントになる2つのツールを紹介して生きたいと思います。

世代間正義のためのフレームワーク

Framework For Intergenerational Fairnessは、すべての世代にとって公平なもの、不公平なものを見つめ、公共政策を体系的に評価するフレームワークを提示するレポートです。

アメリカの経済学者ジェームズ・トービンは、1974年に世代間公正という理論を提唱しました。世代間の公正ーつまり、現在の人々と未来の人々の間での公正ーは、持続可能な開発における文脈で議論されることが多くなっています。

一方で、本レポートには「政策が長期的に何世代にもわたってどのような影響を与えるかについての検討が不足している」とも述べられています。ゆえに、この公正性について見直すための思考様式が必要なのです。たとえば、政治家がマニフェストを作成したり、政策にまつわる運動をする市民団体、政策策定する行政職員が活用することを想定しています。本フレームワークは3つの要素によって成り立ちます。それが①制度的なオーナーシップ、②国を上げた対話、③政策評価のツール、です。

画像引用: Framework For Intergenerational Fairnessより

①の制度的なオーナーシップでは、政治機関のシステムの中に、公正を担保する制度を埋め込むこと。例えば、ウェールズでは未来世代の委員会や担当大臣をおいています。それに影響を受け、国連でも「未来世代のための国連特使」の設置や、2023年に「未来サミット」、「未来世代のための国連宣言」を支持することを発表しています。

②の国をあげた対話は、トップダウンの政府機関の閉じずに、市民ひとりひとりにも働きかけるものです。市民が望ましい未来を描くことや、「代理人を通じた現在世代と未来世代の対話」を促すこと。そして、この対話から新しい可能性が見えてきます。

例えば、将来の世代は、国境ではなく惑星の境界線で社会を定義したり、ロボットや人工知能、動物などの人間以外の市民のニーズや欲求を取り込んだりするかもしれません。...人口の高齢化に伴い、新しいライフステージが出現し、新しい技術やデータモデルが人間の能力や意思決定を拡張していくことになります。気候が変化し続けると、食料、住居、安全保障に対するニーズも変化していく。

Framework For Intergenerational Fairnessより

様々な未来の可能性とともに未来世代のニーズや当たり前は現在のわたしたちとは異なるものになっていく、それと今のニーズとの折り合いはどうつけるのか。そうした複雑さに向き合うための対話です。

最後に、③の政策の世代間公正の視点からの評価。これは特定の政策に対して、「特定の時間: 現在・過去・未来の人々に不利益が生まれるか?」「時間を通じて不平等が受け渡される可能性が高まるか?」「未来の人々の選択肢を制限するか?」といった視点から、妥当性を評価していくもの。逆に、この問いに答えられない場合は、公正ではないといえるでしょう。

未来世代をケアする意思決定をサポート。The Long Time Tools

The Long Time ProjectはElla SaltmarsheBeatrice Pembrokeによって立ち上げられた、政策立案者、文化機関、科学者、人文科学、クリエイティブ産業、メディア、ビジネスなど、領域を横断する学際的なプロジェクトです。

The Long Time Projectは、長期的な未来をケアし、短期的な未来に責任を持つための新しい方法を見つけることに焦点をあてています。 私たち全員が「良き祖先」となるために、人々の想像力と集団行動を喚起することを目的としています。

The Long Time Project: webサイトより

多くの人がアクセスできる環境を整え、想像力を耕すことが重要な一方で、政治家や起業家、リーダー層の「意思決定」のあり方自体が変わらなければ、大きなインパクトが生まれないのも事実。The Long Time Toolsは、諸機関における意思決定の変容のためのツール集です。本ツールでは”Long-termism”ではなくて”Long-timism”を重視する、と宣言しています。単なる方法論として矮小化された未来活用のツールではなく、根底にあるのは現世主義(今のことだけがすべて)を問い直し、過去と未来を織り込んだケアできるわたしたちに変容していくこと。これをもって、意思決定を行うことが大切にされています。

Long-termism: 未来を予期し、洞察して、計画に活用する
Long-timism: 私たちが生きている時間軸を超えて世界をケアする態度をはぐくむ

The Long Time Toolsより

先述のウェールズでは「Well-Being of Future Generations Act|未来世代のウェルビーイングに関する法律」は未来世代のための規制と権利に焦点をあてたものですが、法レベルに働きかけることは簡単ではありません。だからこそ、企業から政策までの「現場」で活用できること、そうした長期的な想像力をもつ組織体になっていくこと、それを後押しするための補助線としてのツールです。

具体的には、以下の6つの軸から現状の組織やチームを見つめ直していくことから始めます。そして、それぞれの軸ごとに対応する手法がまとめられています。

・儀式と習慣|長期的な視点に立つと、どのようなことができるでしょうか?ex: 会議、決算期、ランチタイム
・規範と行動|未来世代へのケアを可能にする規範行動様式とは?
・シンボル|未来世代へのケアはアイコンやコミュニケーションのトーン、空間...にどのように反映され、可視化されている?
・規制システムとプロセス|どのような規制プロセスが長期的な視点に立っているか?ex: 監視と測定、スタッフへのインセンティブ...
・力のダイナミクス|組織体制や構造は未来世代へのケアをサポートするか?ex: レポーティングライン、チーム編成
・ストーリーテリング|未来世代へのケアはどのように物語として現れるのか? ex: 社内広報の見出し、オウンドメディア...

たとえば、「シンボル」に相当する手法の1つには”Empty Chair|空席のイス”があります。これはミーティングや意思決定の場に、ひとつ空白のイスをあえて設けておくこと。ミーティングの冒頭には、「このイスは、未来世代が座るものだ」と全体に共有して、適宜議論のなかでその未来世代の視点に立ちながら意見を言うことを促します。

従来、まだ生まれてもいない人々の声は不可視化され「見えていないゆえに存在しないもの」と考えられます。ここには力の非対称性が存在しますが、この簡単な手法は、まず”見える”ようにすることで、存在を想像させます。

The Long Time Toolsより

また、力のダイナミクスに相当するものでは「A New Take on Bring Your Child to Work: 子連れ出勤」をあげています。これは子どもを職場に連れてきていいとする制度を拡張して考える思考実験的なもの。自分の子どもや同僚の子ども、を念頭に置いて「彼らが働く歳になったときには、今のプロジェクトは彼らの人生にどう影響しているだろうか?」「そのときの、組織の役割は?」「彼らは今じぶんたちがやっていることについて、どう考えるだろう?」と、問いかけていきます。

固有性をもつ”わたしやあなたの子ども”を介して考えることで、未来という抽象的なイメージが急に現実味を帯びてきます。実感できるリアリティの度合いが変わってくるのです。

The Long Time Toolsより

おわりに

未来世代への想像力の限界を自覚しつつも、可能性に想いを馳せることを諦めずに向き合う、少しでもその射程を伸ばし、角度を拡げるためにツールやフレームワークをあつかう。そうした取組は、気候変動や情報倫理でいかような潜在的なリスクも関わってくる今、政策から事業までどんなレイヤーのプロジェクトにも必要になるのでしょう。

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本メディアWONDERは「あらゆるいのちをケアする想像力」をはぐくむDeep Care Labによって運営しています。100年後の未来や生態系への想像力が触発される学びや実験、事業を多様なセクターと共創しています。プロジェクトの協働ご興味ある方はぜひお気軽にご連絡ください。

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