長編恋愛小説【東京days】3

この作品は過去に書き上げた長編恋愛小説です。

奈美は平然としている。
黙って次の言葉を待っているのが本当に伝わってくる。


僕のほうが緊張している。ずっと見つめられて恥ずかしさで顔が赤くなっていく。

どうやら奈美のあどけない表情や自然と発する言葉に魅了されて恋心を抱きつつあるようだ。


僕が奈美に一目惚れされたのに。

苛立ちを隠せず、待ちくたびれたお客様に気づく。


『お客様、大変申し訳ありません。失礼しました』


お客様の会計の対応に集中する。
奈美は横に立ったまま、接客が終わるのをじっと見届けている。


その瞬間の繰り返しの奈美の姿が微笑ましくて、僕は初恋の時に抱いた気持ちを時折、ちらりほらりと顔を覗かせる自分自身にも微笑ましくなる。


待たせてはいけないと戸惑いながらも、僕たちのおしゃべりのために、少し列をなした食事後のお客様の会計など済ませていく。

状況を考慮すれば、お客様を待たせることのほうが本当は良くないんだと意識はしていても、奈美のことで頭のなかはいっぱいだ。


一段落ついた僕は奈美に声をかけた。
『テーマは東京・空・出会い、この三つです』

首を傾げる奈美。
『私、詩って書いたことがないから、うまく書けません』


にっこりと薄ら笑いをして奈美を見た。
『いいんだよ。素直な心の想いを吐き出して書けばいいんだよ』
急に親しみを込めて敬語口調を解いてはみたが、どこか不自然でぎこちなかった。

奈美も同じようにため口で返してきた。

でも違和感などなく、こういうシーンでは女性のが慣れていて度胸があるものなんだと感心した。


『どんなふうに書けばいいの?』
『そうだなぁ。東京に上京したんだよね。東京に暮らして想ったこと。空を見て感じたこと。こうして僕と君が出会ったことについて心がとらえたことを詩に託してほしい』


最後の一言を終えると、僕もまた上京したんだなぁとふと頭を過り、故郷で過ごしている母のことを強く思った。

『いつまでに書けばいいの?』
『君の自由だよ。期限はない。勿論、書きたくなくなったら書かなくてもいい』
『じゃあ、私、頑張って書く』

そう答えた奈美に視線を向けた僕は、上司の不機嫌で今にも爆発しそうな表情を見て、奈美にさっと携帯番号とメールアドレスを記した紙を渡した。


成り行きの一部始終を見ていた同僚のスタッフが話し掛けてきた。


『白石、あの子と付き合えばいいじゃないか!可愛いしお似合いだと思うけど』
そんなこと、これっぽっちも考えていなかった僕は即座に答えた。


『俺とあの子じゃ、歳が離れすぎているよ。俺はあの子が立ち直るための通りすがりの存在でいいんだよ』

僕と同僚は静かに、カウンター内で談笑していた。


しばらくして上司に散々、叱られたのは言うまでもなかった。

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