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デレラの読書録:月村了衛『機龍警察 未亡旅団』


『機龍警察 未亡旅団』
月村了衛,2023年,早川書房

国際政治、経済、社会のリアリズムと、新型機甲兵装「龍機兵」というフィクションが織りなす物語。

テロ対策として日本警察は最新技術の次を行く次世代機甲兵装を導入した。

暴力に至らざるを得ない現実の悲惨を生き抜く登場人物たちの人間性。

チェチェン共和国での惨劇から生まれたテロ組織が日本を標的にした。

テロ組織は自爆テロすら厭わない。

印象的だったのは、テロ組織の構成メンバーである一人の少女を若き警察官が取調べするシーンだ。

想像絶する悲惨さを生き、世界に復讐を誓いテロに傾倒した少女。

若き刑事はどう言葉をかけるのか。

「君の生きてきた世界について、自分は何も知らない。自分なりに勉強もしたが、それで分かったつもりになっても、実際には何も分っちゃいない。人の痛みなんて、他人に分かるわけはなきからだ。」

(p.242)

若き警察官・由起谷の正直な諦めの言葉である。

しかしこの諦念から始めることしかできない。

由紀谷にも悲惨な過去はある、しかしテロ組織の少女・カティアの悲惨さとは比べ物にならない。

いや、そもそも悲惨さを比べること自体にも意味がない。

では、由紀谷とカティアは絶対に分かり合えないのか。

由紀谷とカティアの隔たり。

遠い距離を埋めるべく、由紀谷が話し出す。

そう、この取調べのシーンは、ようは、日本とチェチェンを繋ぐための思考実験なのではないか。

テレビをつければ、紛争や飢餓、民族対立、宗教対立、世界には様々な争いが起きていることがわかる。

しかし内実は何もわからない。

日本から遠くで起きている出来事を、身近に感じられない。

それは当然だろう。

分かるはずもないのだ。

しかし、諦めるしかないのだろうか。

違うと言う人もいれば、そうだと言う人もいるだろう。

少なくともこの物語で由紀谷は諦めなかった。

機龍兵を率いる日本警察は、テロを防ぐことができるのか。

あるいは、全く違う場所、全く違う状況に生まれたひとたちは、繋がることが出来るのだろうか。

結末は、ご自身で読んで確かめて欲しい。

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