見出し画像

デレラの読書録:成田龍一『大正デモクラシー』(シリーズ日本近現代史第四巻)


『大正デモクラシー』(シリーズ日本近現代史第四巻)
成田龍一,2007年,岩波新書

大正デモクラシーとは何だったのか。

大正という時代は、意識転換の時代だった。

明治の維新から時が経ち、維新からの世代交代が起きた。

また日清日露戦争(または戦争の報道)により国民の意識が醸成された。

あるいは、階級意識が醸成された時代でもある。

平塚らいてうの女性論、騒擾を起こす雑業者集団、雇い主集団の旦那衆、主婦、小林多喜二などのプロレタリア、藩閥政府に対抗して政党政治を目指す政党の登場。

自己を集団の一部であると意識する、しかもその集団は、維新後に生まれた集団である。

そういう集団意識は、確かにこれまでの既得権益集団を崩す「デモクラシー」を体現していた。

しかし、集団意識は、必ず「メンバーシップ」が問題となる。

集団の内か外か、敵が味方か。

それは、アジアの近隣諸国に対する日本の宗主国的な振る舞い、植民地主義的な振る舞いに表れている。

つまり大正デモクラシーとは、帝国主義的なものであった。

ここにデモクラシーの難しさがある。

たしかに、大正デモクラシーには、既得権益(特に、維新を推進した藩閥政治)に対する抵抗があった。

一方で、当然ながらその抵抗は「自分たち」のためのものである。

自分たちのためのもの、つまり民族自決主義的なメンタリティー。

民族自決主義は、自民族の経済的発展のためならば、他の民族への侵略を容認する可能性がある。

また、既得権益への抵抗が過激化すればテロリズムにすら発展する。踏み外してはいけない線がある、ということ。

これは非常に厄介な問題である。

では、デモクラシーが帝国主義的になるなら、デモクラシーを捨てればよいのか。

そう単純な話ではない。

ようは、お花畑的に、みんな仲良くすることは難しいのだ。

「みんな」とは、どこからどこまでのひとを言うのか、という定義の問題が出てくる。

大衆は、デモクラシーは必ずその問題の渦中にしか存在しえない。

自分だけは別の視点に立てる、というようなものではない。

そういう難しさを、大正デモクラシーから感じた。


おわり


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?