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釣り人語源考 サバ

サバは海の釣りの対象魚としてとても馴染み深い魚だ。
堤防や漁港でのサビキ釣りでお手軽に狙えるし、大サバになると船から狙う事もある。そして釣り人の特権で「新鮮なサバ」を食べられる幸せ。
我々ライトゲーマーにとっては尺アジ狙っててのサバとかイカメタルで船に乗ってサバとか、しばしば地獄を味わされるビックリゲストでもある。

アジングしてて「デカアジきた~」と思ったら
たいていサバ…

一般の人にとっては「塩サバ」など加工された状態で流通していて、近年では「ノルウェー産」が品質や価格面でとても良いのでスーパーの鮮魚コーナーで大人気だ。
お惣菜やお弁当、町の定食屋でもサバの味噌煮やサバの塩焼きは昔から庶民の定番である。

なぜサバは加工して出荷するのか。なぜ釣り人だけがサバの刺身を食べていいのか。それは「ヒスタミン食中毒」と「アニサキス症」が存在することに関係する。
サバなどの青物には身に「ヒスチジン」というアミノ酸が多く含まれている。そしてエラや内臓には「ヒスタミン生産菌」が多く生息している。
サバが死んで常温で放置すると、エラや内臓に棲むヒスタミン生産菌が酵素を出してヒスチジンを変換しヒスタミンにする。
釣り人がサバを釣った時、昔から言われる通り首を「サバ折」にして直ぐに〆め、頭とエラと内臓は引きずり出して処置し、速やかにクーラーで氷水で冷やされる。「自己責任で持ち帰り」だ。
またアニサキスという寄生虫は内臓だけでなくしばしば身にも侵入しているので、捌く時によく目視し必要なら紫外線で発光するのでUVライトで照らしてみる。お刺身も「よく噛んで」アニサキスをつぶして殺せば栄養だ。「食べるのは自己責任」という訳だ。

釣りたてのサバはブチ美味い
「釣り人の特権」とはよく言ったものだ(自己責任で)

さてサバの語源として「歯が小さいから小歯と書いてサバ」というのが有力とされている。
これは釣り人からするとサバを表しているとは全く言い難い。「あの小さい歯の魚がさあー」と言われて「ああ、アレか」ってなりますかって事だ。
また「多い」という意味の古語「さは」が由来ともある。
しかし語源となるほどまでにサバがそんなに多いか? 一つの群れの構成数ともなればアジやイワシの方がダントツで多いだろう…むしろ「サッパ」の語源かもしれない。
どうも全て俗説だろう。

「さば」という古語を探してみると、古事記の天照大神の「天の岩戸の神話」に「さばえなす」と出てくる。
故於是これゆえ天照大御神あまてらすおおみかみ見畏おそれみて開天石屋戸而あまのいわやとをひらいてさし許母理こもり此三字以音坐也いますなり爾高天原皆暗たかまがはら、みなくらくなり葦原中國あしはらなかつくに悉闇ことごとくやみとなる因此而常夜往このようにつねによるつづく於是萬神之聲者よろずのかみのこえ、”狹蠅那須さばえなす”此二字以音滿みち萬妖よろずのあやし悉發ことごとくはっす是以これをもって八百萬神やおよろずのかみ於天安之河原あまのやすかはらにおいて神集集かみあつまりつどひ而訓集云都度比、…」
「そこで天照らす大神もこれを嫌つて、天の岩屋戸をあけて中にお隱れになりました。それですから天がまつくらになり、下の世界もことごとく闇くらくなりました。永久に夜が續いて行つたのです。そこで多くの神々の騷ぐ聲は夏の蠅のようにいつぱいになり、あらゆる妖わざわいがすべて起りました。こういう次第で多くの神樣たちが天の世界の天の安の河の河原にお集まりになつて…」
ここに出る「狹蠅那須さばえなす」は夏の蝿のようにブンブン騒ぐ、大騒ぎする、右往左往するさま、である。

また『日本書紀』応神天皇の治世3年の記事に、
「三年冬十月辛未朔癸酉、東蝦夷悉朝貢。卽役蝦夷而作厩坂道。十一月、處々ところどころの海人あま訕哤さばめきて不從命めいにしたがはず。”訕哤”、此云これいふに佐麼賣玖さばめく則遣もってつかはし阿曇連あづみのむらじおや大濱宿禰おおはまのすくね平其訕哤そのさばあまをたいらげ因爲海人之宰このためあまのおさとなる故俗人諺曰ゆえひとびとのことわざにいはく佐麼阿摩者さばあまもの其是緑也これがいはれなり。是歲、百濟辰斯王立之、失禮於貴國天皇。故遣紀角宿禰・羽田矢代宿禰・石川宿禰・木菟宿禰、嘖讓其无禮狀。由是、百濟國殺辰斯王以謝之、紀角宿禰等、便立阿花爲王而歸。」
「十一月に、各地の海人が騒いて、命に従わなかった。訕哤は"さばめく"と読む。 阿曇連(あずみのむらじ)の先祖である大浜宿禰(オオハマノスクネ)を遣わして、その騒ぎを平定した。 それで海人の統率者とされた。 当時の人々の諺に「佐麼阿摩さばあま」と言うのは、これが由来である。」
現代では既に「さばあま」ということわざは失われて意味は詳しくは分からない。 
しかし「さばめく」は文脈から推察し現代語訳として「騒ぐ・騒乱する」と当てている。

ある学者の説によれば、海人たちは主にサバを網で獲っていた。理由は、アジやイワシは当時の操船技術では群れを取り囲むのは非常に難しく群れが素早く逃げてしまうのだが、サバは網に沿って回るように群れが泳ぐので、上手に群れを誘導すれば遅い網船でも漁獲できたという。
また海人の製塩技術でサバを素早く加工でき、大和朝廷側の貴族や里で農業をする人々に出荷することが出来るので、海人にとってサバはとても重要であった。これを「あまさば」と表現したのではないか。
しかしある時何かのきっかけで元々気の荒い海人が騒乱(さばめき)を起こし、藪蛇なことに朝廷の武人が主導者になってしまった。この「ヤブヘビだ」という現代のことわざと同じ意味で「あまさば」をひっくり返した「さばあま」が人々の間で流行り言葉になって諺へとなったのだろうと言っている。


サバの特徴はその"走り"だ。
釣り上げると全身が振動し"サバイブレーション"と揶揄してしまうほどの全身の推進力を持って、一度ヒットすれば右に左に走り回ってラインを引っ掻き回す。
沖に出ればよく引く魚は多いが、身近に釣れる魚でこれほど左右に走って大暴れするのはサバが1番だろう。
サバの語源は「大騒ぎする・右往左往する・騒乱状態となる」という意味の古語「さばめく」から由来したのが間違いないと思われる。
サバを釣ったことのある人にとって、もうこれ以上サバを的確に表現した名前はないだろう。


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