ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(10)

目を覚ますと、私は布団の上にいた。
やっぱり、これは悪い夢だったのかと胸を撫で下ろす。
隣には娘が寝ている。

だが、夫はいない。トイレでも行っているのだろうか。

喉がカラカラだ。とりあえず、水でも飲みたい。
寝室を出て、リビングを抜け、冷蔵庫の扉を開ける。
コップに水を注ぎ、一気に飲み干す。

「フニャー」遠くで赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
これは幻聴なのか、それとも・・・
廊下へ繋がる扉を開けたら、泣き声が大きくなった。

あれは、悪夢ではなかった。現実だったのだ。
玄関のすぐ隣にある4畳半の部屋から聞こえる。
この部屋は、娘が小学生になったら使う予定の子ども部屋だった。

今は物置と化しているが、娘のための部屋だ。
他人が寝泊りする部屋じゃない。
引き戸の取手に手を掛け、私は戸を開けた。

そこには、暗闇の中赤ちゃんを抱っこした夫がいた。
床には、一枚の布団に男の子と母親が横になっていた。
私が前に使っていた布団だ。
その隣には、娘が使っていたベビー布団が敷かれていた。

「もう大丈夫なのか?」と夫が聞いてきた。
この状況の何が大丈夫だと言えるのだろうか。
「寝てなくて平気なのか?」と夫がまた聞いてきた。

私の夫はこんなに無神経な男だっただろうか。
もっと人の気持ちを考えられる人だったはずなのに。
私がこれまで一緒に過ごしてきた男は誰だったのだろうか。

夫の不倫に全く気づかなかった自分はなんなんだ。
幸せな家庭だと思っていた。
自分だけが勝手にそう思っていたのか。

いろいろな考えが頭の中をぐるぐると駆け回った。
いろんな感情も心の中で湧き上がっていた。
気づいたら、私は膝から崩れ落ちていた。

夫が赤ちゃんを布団に下ろし、やってきた。
扉を閉め、廊下にしゃがみ込んだ。
「戸惑うのもわかる。本当にすまない。」

「この13年はなんだったの?」
「エミにどう説明するつもりなの。」
「もう人として信じられない。」

もっといろいろと言いたいことはあったが、もう話したくもなかった。
夫の顔を見るのも、答えを聞くのも嫌だった。
夫は泣きながら「すまない。」とだけ言った。

夫の泣く姿を初めて見た。
今までどんな感動的な映画を見ても、娘が誕生したときでさえも泣かなかったのに。
夫は感情表現が乏しいとは思っていたが、なぜ今になって泣いたのだろう。

泣きたいのはこっちなのに。
私は吐き捨てるようにこう言った。
「明日にはあの人たちには出てってもらって。」

夫は黙ったままだった。
ここに居ても仕方ないと思い、私は娘が寝ている部屋に戻った。
布団に入って、娘が起きないように静かに泣いた。

今までの結婚生活はなんだったのだろうか。
私の人生はこんなはずじゃなかったのに。
贅沢は望んでいない、ただ普通に家族で幸せに過ごせればそれでよかった。
これからいったいどうすればいいのだろう。

考えれば考えるほど涙は止まらなかった。
もういっそ死にたいとも思った。
でも私が死んだら、娘はどうなる?

私が守らなくて、一体誰が守る。
あの信用できない夫に任せるのか。
私が死んだら、あの女の思うツボだ。

なんとかして自分を奮い立たせた。
母は強しと言うけれど、本当は強くなんかない。
弱いけど、強くなるしかないのだ。



#創作大賞2023


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