直子 デチェン

1999年初渡印。2003~2015年インド・ダラムサラ仏教論理大学聴講。現在も殆どヒマラヤの麓、ダラムサラで暮らす。 100円投げ銭サポート募集中!インド自炊で一食分・・・二食分?(^人^)ゞ

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    菩提心の称賛《宝珠の灯》第103・104・105偈

    103)仏であるラマの善説の 乳海より起こった最高の精髄は、 菩提心であり、努めて 菩提を得るまで大切に保持したまえ。   104)風が羂索に当たることはあり得る。 白檀が熱を持つことはあり得る。 光が闇に変化することはあり得る。 菩提心が欺くことは、あり得ない。   105)作り物でない菩提心が 生じることは、もちろん非常に難しいけれど、 何千劫と努めなければならないとしても、 不退転の心力で尊びたまえ。   「仏」は、チベット語直訳では「壊(bcom)有(ldan)」。

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      • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第102偈

        102)金輪宝が行くところ、 他の宝もついて行く。 優れた菩提心の後方に、 全ての善法は自然について行く。     金輪が廻るところには、 金銀宝石がともにやってくるらしい。 古代インドからの言い伝えなのだろうか。   金輪を持つだけの経済力があれば、 他の財宝も、 持っていて当たり前ということなのか。   菩提心が巡る心は、 どうしたら利他の福徳を積めるか? どうしたら利他をなすために空性を悟れるか? と、いつもどこかで考える。   それは、欲望や怒り等の煩悩に混ざり合わ

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        • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第101偈

          101)王者は菩薩より、 菩薩は菩提心より、 誕生する故に、最高の菩提心の 偉大さを、知恵者は理解している。   「王者」は仏陀。 「誕生する」チベット語直訳では「お生まれになる(bltams)」。   まず、定義に適った菩提心を起こし、 大乗の修行道へ入ってから仏陀になるまでの者は、 もれなく菩薩である。   姿形は関係ない。 菩提心がその心に宿っていれば、 菩薩。   六道輪廻の何処にいても、 他者の利益を考えることのできる、 偉大な存在。   菩薩は輪廻の中を、 最初は

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          • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第100偈

            100)王子である菩薩の 行を修行しようと望む者達は、 修行の礎であるゆえに、菩提心を まさしく初めに、念入りに生じさせたまえ。     どのような行いも、 その行いの動機が礎になる。   他者のためを思い行う、一見厳しい行為も、 結果的には、その相手の役に立つ、 ということもある。   逆に、他者を貶めようとする動機から起こった行為は、 その行為がどれほど柔らかく、優しくあろうとも、 結果的に他者の害になることもある。   菩薩としての行いは、 その者を菩薩とさせる心、

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            • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第97・98・99偈

              97)著すなら、菩提心より著したまえ。 思うなら、菩提心より思いたまえ。 分析するなら、菩提心より分析したまえ。 考察するなら、菩提心より考察したまえ。   98)菩提心の荘厳を具える者、 その者に、害意が何処であり得ようか。 他者の憤恨を捨て去るために、 促されなくとも、自ら介入する。   99)それがあるならば、誰であろうと、 永遠に衰える機会は訪れない。 希有な最高の菩提心であり、 それを、心(知恵)ある誰が敬わないのか。   第100偈からは、日本よりお届けします。

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              • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第96偈

                96)昼間にする宝石の光に たよって、具眼者はかたちを見る。 菩提心によって、王子菩薩は、 空に等しい衆生を見る。     「昼間にする宝石」とは太陽のこと。 太陽の光に依拠して、眼を持つ者達は形あるものを見る。   王者(仏陀)の子、菩薩は、自らの菩提心によって、 空と等しく果てしない、 沢山の衆生の幸せを見据えて進む。   チベット語で、「たよる」「依拠する」という言葉は、 それ自体ではないものに依る場合につかわれる。   「~によって」「~が」とは、 それ自体が行為者に

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                • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第95偈

                  95)四梵住より、 宝珠である菩提心が生じる。 原因と条件が集まることから、 結果が生じることは理に適う。       「四梵住」とは、梵天が住する四様相。   「世間の修行道の本質となった慈愛と、慈悲と、喜びと、捨(平等)の四つであり、この四つを修習したことによって梵天世界の楽果を得させ、大梵天もこの四つに常に住するので、四梵住という。(『蔵漢大事典』より)」   世間の修行道とは、未だ空性を直接に悟っていない修行中の意識。   慈愛とは、対象が幸せになったら良いなと願う愛

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                  • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第94偈

                    94)宝珠である菩提心によって、 最高の聖者は、祈願を完遂し、 自らの所化を完全に熟させ、 浄土の浄化を実現しようとする。     「最高の聖者」とは、外道・声聞・独覚等より優れた最高の、 空性を直接悟った聖者である菩薩を意味する。   彼らは、彼らが思い描く皆の幸せを実現するために、 智慧と福徳を積みながら、その善のエネルギーを使って祈り、 祈願を達成しようとする。   並行して、 自分の所化(縁があって自分が導くことのできる弟子)をより良い状態に導くために、 果実が甘く

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                    • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第93偈

                      93)百弁には花の滋養。 王子には菩提心。 それは、幾らかに役立つだけ。 これは、全てに、最高に役に立つ。     「百弁」とは蓮華のこと。 その「滋養」とは花の蜜で、蜂蜜のこと。   「王子」とは、王(仏陀)の息子で、菩薩のこと。 菩薩を菩薩あらしめているのは、彼の心髄である菩提心。   蓮華蜂蜜は、 蜜蜂や甘いもの好きの幾らかしか、 喜ばせることができない。   全てに対して利益になることをしようとする菩提心は、 全てに、 最も良い状態をもたらすことを目的として、 働く

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                      • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第92偈

                        92)大乗の菩提発心によって、 外道と、声聞、独覚より、 菩薩は特別に優れる。 走る星々の真中に、月の如く。       「外道」とは非仏教徒のこと。 内側の者(仏教徒)ではないことから対比して、「外道」という言葉が使われる。   全ての衆生の、 全ての苦しみをなくし、幸せの境地を実現するために、 自らが仏陀の境地を得るための実践をしようという決意が、   利他の大きさと、 苦しみを受け入れる器の深さと、 幸せを設定する高さと、 自らを実働させる機動力の強さで、   菩薩を他

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                        • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第91偈

                          91)小雨は、時期に降れば喜ばしい。 畑に、収穫が増えれば喜ばしい。 空と等しい衆生の 心に、菩提心が生じれば喜ばしい。     「空と等しい衆生」とは、空と同じようにはかり知れない数の衆生のこと。   小雨は、日々積み重ねられるありがたさの例なのだろうか。 ドーンと大雨が降るより、大地の甘露になりやすい。   畑に生える麦の穂それぞれが、我々なのだろうか。 必要な時に必要なだけ水分を取り入れ、 時期が来れば豊かに実を付ける。   はかり知れないほどの衆生それぞれの心に、

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                          • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第90偈

                            90)天の道を、尋(ひろ)で誰が測ろうか。 水の宝庫を、手杓で誰が量ろうか。 業のありさまを、心で誰が分析しようか。 菩提心の偉大さを、誰が述べられようか。       「天の道」とは空のこと。 「尋(ひろ)」とは、両手を左右に伸ばした時の指先から指先までの長さ。 「水の宝庫」とは海のこと。 「業」はカルマである。   はかり知れないものを、 限りある小さな尺度ではかろうとする例があげられている。   が、それより興味深かったのが、 チベットで長さを計る尺度「尋」が、 日本で

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                            • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第89偈

                              89)心力が弱まれば、菩提心を思い出したまえ。 利他が疎かになれば、菩提心を思い出したまえ。 怠惰が起これば、菩提心を思い出したまえ。 困苦がおこれば、菩提心を思い出したまえ。       身体が病や疲れで弱まれば、 休息をとったり、薬を服用したり、 目に見える形で対処法があるけれど、   心はそうはいかない。   身体的な健康も、健全な心を保つ役には立つけれど、 心には心の処方箋がある。   それでも、怒りや欲望などへの対処は知られているけれど、 心が弱まった時や、 使命に

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                              • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第88偈

                                88)悲しい時には、菩提心を思い出したまえ。 怖しい時には、菩提心を思い出したまえ。 苦が起こった時には、菩提心を思い出したまえ。 楽が起こった時には、菩提心を思い出したまえ。     全てを愛し、全てを知り、全ての利益を自然にできる、 素晴らしい仏陀の境地を目指しているとしても、 人生は順風満帆とはいい難い。   別れや不甲斐なさで、悲しい時もあるし、 命の危機や不安で、怖しく感じる時もある。 心身の苦しみで、潰れそうになる時もあるかもしれない。   悲しい時に菩提心を思

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                                • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第87偈

                                  87)走る星々の中で月、 山々の中央に須弥山の如く、 菩提心がある者、 彼は、人々の真中で輝かしい。     小さくきらめく星々の中で、 ひときわ輝く満月。   連綿と連なる山々の中で、 最も大きく、安定して地を抑える須弥山。   世界に翻弄され、輪廻を動き回る人々の中で、   自分のあり方の軸をもち、 凛として他者の役に立とうとする菩薩は、   光を放つようにそこにいる。

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                                  • 菩提心の称賛《宝珠の灯》第86偈

                                    86)全ての場所、時間、機会において、 偏りなく、全ての有情の利益を 心を具える者は、返礼の期待なくなさる。 菩提心によってである。     何処でも、何時でも、どんな場合でも、 利他の行を行い続けるには、 強くてしなやかな心が必要になる。   偏りなく、公平に、皆のためになる行いを、 有情それぞれに合わせて行うことも、   その前に、 有情それぞれを偏りなく愛することができなければ、 起こらない。   更に、役立つことをして、 その結果である喜ばしい何かを期待せずに、 た

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