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夏至直前のスウェーデンで大好きな曲を聞きながら生と死のコントラストを想う

夏至直前となり、日の長さもピークになって来たこの頃。北の方ではもう白夜。
私の住む最南の地方でも深夜近くまでうっすら明かりが残る。
遅くまで外で遊ぶ子供たちの声が聞こえる。
ひとつの学年が終わる6月は、卒業シーズンであり夏休みが始まる月でもある。

「春の夜」

そんな季節になぜか決まって思い出す曲がある。
スウェーデンの作曲家ヴィルヘルム・ステンハンマー(Wilhelm Stenhammar、1871−1927)と作家オスカー・レーヴァティン(Oscar Levertin、 1862-1906)により1912年に創られた合唱曲「春の夜」である。

歌が好きで、デンマークに住んでいた時もスウェーデンに渡ってからも合唱クラブで歌っていたことがある。

デンマーク、スウェーデンはお隣同士で言語も近いからか、互いの国の歌を原語そのままで歌うこともよくあった。練習し始めると、決まってみんなで隣国の言語をからかい始めるから面白い。

デンマーク人はスウェーデン語のイントネーション(言葉を極端に上げたり下げたり)を真似してからかうし、スウェーデン人はデンマーク語と聞くと、口の中をもごもごさせたり喉をカーッと鳴らす真似をしてみせるのだ(結構汚い音です、笑)。

それはさておき、どちらの国でも歌った共通の曲のひとつが「春の夜」である。

その名の通り、イメージとしては6月よりももう少し前の季節、冬から春へと変わる頃を扱っているのだが、夏至前後の深夜ぼんやりとした薄青い空にも合うような気がして、気付けばふと頭の中で流れて来る。

まずは聞いてみてほしい。

どんな印象を持たれたでしょうか。
メロディーは静かでやわらかで美しいけれど、全体的に憂いみたいなものを感じませんか?途中で何度か変調するところも、なんだか不安を掻き立てるよう。
春のイメージとはちょっと違うような気がする、と感じた方もおられると思います。

さらに歌詞もご紹介します。

Vår natt  春の夜
Vackra vita vår,        美しく白い春よ、
du, som på stjärnlyst strimma  お前は星の光に乗って
tyst över vägarna går,     道々の上を静かに
lätt genom nattens dimma,   夜霞の中を軽やかに行く
du, som ger växt och grodd,  お前は成長と芽生えをもたらし
du, som ger sol och grönska,  お前は太陽と緑をもたらし
skänker, blott du blir trodd,   ただそれが当然だと信じられているために
hjärtana allt vad de önska,   人の心が望むままの全てを差し出す
strö nu med fulla fång     旅路に両手いっぱいの
dagg och doft på färden,    夜露と香りを
gnistor, glömska och sång,   閃光、忘却そして歌を
allt som förnyar världen.  世界を真新しくするすべてのものを、さあ撒いておくれ。

Men, o milda vår,       だが、ああ穏やかな春よ、
minns, att du bärer förhoppning 覚えておくのだ、お前が期待を背負っていること
ock för det, som aldrig får    そして同時に、これ以上新しい芽吹きのことを
mera tänka på knoppning.   考えることが許されないものたちのことを。
Dröm, som i kamp blött slut,  戦って涙で終わるような夢
löften långsamt förbrunna,   ゆっくりと燃え尽きた約束
trådar, som sakta nötts ut,   そっと擦り切れていった紐
hur fast, hur fast de en gång varit spunna, 
              かつては、あれほどしっかり、しっかりと紡がれたのに
strängar som oförmärkt brustit, 気付かず切れてしまった弦は
men länge måst skälva,     しかしこれまで長らく響いてきたに違いない
tankar, som stridit och värkt,   衝突し傷ついてきた思考は
tills de levt över sig själva.    終には時代に取り残されてしまった。
Alla de vänta på dig,      それら全てがお前を待っている
vänta till vila bli burna,     平穏がもたらされるまで待っている
längta från uttrådd stig     踏み古された小道から
att varda aska i urna.      骨壺の灰になるのを焦がれている。
Vackra, vita vår,         美しく白い春よ、
gjut din lycka kring staden,    幸福を街へ注ぎ込んでおくれ
men där du strålande går,    だがお前が輝きながら進むとき
glöm ej de vissna bladen.     そこにある枯葉たちのことを忘れるな。

※拙訳のため間違いがあるかもしれません。ご容赦ください。


…メッチャ暗い、と思われた方、正直です(笑)。

始まりは、やっと訪れた春を称えるような言葉が並べられているのに、途中から戦いだの燃え尽きるだの擦り切れるだの、挙句の果てには骨壺まで登場するという、全然浮き浮きウキウキしない。終盤やっと幸福という言葉が出たと思ったら最後「枯れ葉」で終わると言う。まるで心にわざとブレーキをかけているよう。

しかし意味をじっくり考えてみると、燃え尽きたり擦り切れたりするもの(夢、約束、紐、弦、など)は、春と入れ替わりに死んでいくものたちの比喩だと分かる。古いものたちが道を譲らない限り、完全な春にはならない。彼らが死んで灰にならないと、新しい芽吹きが起こらないのだ。さらに注目すべきは、彼らは死ぬことを受け入れている。生にすがったりせず、むしろ時が来たら進んで灰になることを「焦がれて」いるのだ。

でも「古いものたち」も去年は新しい季節をもたらす役だった。今年の「春」も時間が経てば擦り切れて来年の春が来る頃に「死」を迎えなければならない。つまり古いものと新しいものが入れ替わるように季節が巡って行く、というわけである。

北欧の空気バイブス

個人的な意見だが、こういう表現はすごく北欧らしいなと思う。

こちらに住んでみると、土地の空気というか、バイブスというか、そこに流れるの雰囲気の中にものすごく落ち着きを感じる。10代、20代のキラキラした若者の雰囲気ではなく、成熟とか老成とかいう言葉がよく似合う。

下手に浮かれることはしない。海底にしっかりと錨をおろした船のように、いつも自分自身を地に繋いでいるような感じ。

それは暖かな季節がやって来ても、いくら長時間眩しい太陽に晒されていても、その後には必ず暗く厳しい冬がやってくることを無意識下で知っているからかもしれない。
冬の死の世界から、夏の生の世界へ、夏が終わればまた死の世界へ。

毎年そうやって死と生の大きなコントラストを繰り返す。しかし死と生はメビウスの輪のように一続きであり表裏一体でもある。

そう言えば北欧神話にも、主神オーディンの館ヴァルハラで、戦いで命を落とした者たちが死んでもすぐに再生して翌日また戦いを続けるというエピソードがあったっけ。

でも死なない限り新しいものは生まれない。新しく生まれたものもいつかは死んで時代を次に進めるためにはまた死なねばならない。

夏至は太陽が一番輝くときなのに、これからどんどん日が短くなることを想ってちょっぴり切なくなり、冬至にはその時どんなに暗くとも、暗さのピークが過ぎたことに希望を持つ。

それが北欧の空気バイブスであり美しさだと思う。

北欧は訪れるなら夏が一番良いと言われる。しかしもし機会があるのならぜひ冬にも訪れてみてほしい。
死と生のコントラストを体験することで、北欧が持つ本当の空気バイブスを感じることができると思う。


<ミニ観光案内>

紹介した動画の教会は、マルメにある聖ペトリ教会(Sankt Petri kyrka)。
14世紀から存在する古い教会で、この地方がかつてデンマーク領だった時代に建設された。途中出てくる立派な祭壇もデンマーク統治時代の1611年もの。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:St_Peter_Malmo_Sweden_7.jpg 写真所有者:Sven Rosborn

1611年当時のデンマーク王といえば、そう、あのC4でおなじみのクリスチャン4世
祭壇の下から2段目(十字架にかかったキリストの絵の脇)に注目していただくと、左右にロゴマーク(モノグラム)があるのが見える。しかしこの祭壇、マークがC4ではないのです。
1658年にこの地がデンマークからスウェーデンへ割譲されたとき、祭壇のモノグラムも当時のスウェーデン王カール10世グスタフのもの(カールのCがデザインされたモノグラム)に変えられてしまったのだ。

元はC4マークだったのに、スウェーデン王のマークに変えられた

教会は、特別な行事が行われている時以外は自由に見学ができます。
運が良ければ無料コンサートに出くわすこともあるかもしれません。
マルメ中央駅より徒歩5分。
グーグルでバーチャルツアーもできます⇩(祭壇の裏側や大きな柱の後ろまで隅々まで見ることができます)


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