政治ツイとか見るとブルーになることがあるという話

皆さんこんにちは。最近は新スラ日記くらいしか書けていませんでしたが、昨日で課題が一段落つきまして。今回はすこーし真面目な話をしようかなぁとか思っています。タイトルにあるように、政治ツイとか過激すぎるツイートを見ると少しブルーになってしまうという話です。

ここ最近、政治関係で色々荒れてるなぁとか思って少しブルーではある。ブルーになったわけではないが、すげぇ荒れてる…(-_-;)と思ったのがウィークリー落合の落合陽一さんと枝野幸男さんのYouTube動画におけるコメント欄。まずは二つの動画の比較をしてみようかな。

枝野幸男さんと落合陽一さんの俺はNews Picks契約したわけでもないので、この2人の討論を全部見たわけではありません。

因みにこっちは西村大臣の会。

この二つを比較してみたのだけれど、前者の動画で荒れまくってたのは、これから先の見通しが視聴者にとってはわからなかったというのがあるのかもしれないと、勝手に思っている。確かに西村大臣の説明は結構具体的だなあとは思っていた。ただ、枝野さんの記事、News Picks以外のやつでみたのだけれど、確かに合理性があるなぁと思っている。前に落合陽一さんが林修さんとの対談で「あの人たちは一人ならまともなこと言うんですよ」というのがあったけれど、それは事実かも。

では何故、二つの回でこんなにも差があるのか。恐らく先述の通り、見通しの見えなさ、建設的な話がない、というのもあるのだろう。ただ、それ以外にも理由があるんだろうなぁ、とは思っている。

①2人の立場の違い

西村大臣は与党である自民党に所属しているが、枝野さんは野党である立憲民主党所属。与党は政策の提案が主な仕事であるし、何より国民が一番注目している部分に触れる必要性がある。国民の関心に一番答える責務が野党と比べて高いところがある。となるとより具体的にかつ赤裸々に答える必要があるのだろう。一方、枝野さんは野党であるから、与党の政策に批判を加えるというのが主な職責である。ここで思ったのが、「批判ばっかりで無能」とは言っているけれど、野党は批判してなんぼだと思うのですが…(-_-;)というもの。後で述べることとつながるけれど、「んじゃあ無能呼ばわりしてるあなたは何を提案するんですか?」とも思わなくない。べき論、というものはかなり難しい。かなり多数のテーマを総合的に判断して「ここが妥当であろう」というものを探し出さなければならない。しかし「批判ばっかりで無能」とか言う人たちは、「んじゃあなたどうしたらいいかとか考えたことあるんですか?」と。批判してる者を「批判ばっかりで無能」と言うのであれば、提案をしているのか、と誠に疑問である。批判者に対する態度の不満を言わんとせんがためだけにかかる発言をしているのではないのだろうか。所謂批判者の批判・非難というのが起こっている気がしないでもないい。

➁情報量の違いと「あぁ言えばこう言う」という日本国民

野党と与党って持ってる情報量にすごい差があると思っているんですよね。実際、佐藤栄作の機密文書が、野党だった政党が与党となって見つけました、という事例もありました。つまり与党の持ってる情報って野党が持ってないものも含まれてるわけで、考慮要素が多い分いろんなことをより深く検討できる。でも野党ってそうじゃない。検討できる要素が少ない。しかもより妥当な判断を下すには検討すべき分野は多岐にわたるところ、各分野が矛盾対立の関係にあることもあるわけで。そうなると、ある分野の実現を図ろうとしたら、他方の分野が制約される。そうなると、その他方の分野を重視する国民は「なんでここを実現しないんだ!無能だ!」とか言い出すんですよね。いや気持ちはわからんでもないけど。ただ、複数のテーマが絡んでる以上、自分の願望が何でもかんでも叶うわけではないことは了解しておくべきところだと思う。政治家はサンタクロースではありませんよ。国民全員の願望を何でもかんでも叶えてくれるというのは現実的にはめちゃくちゃ難しい。個人的には不可能だ、と言いたいのはあるけれど、不可能の証明をしたわけではないので、めちゃくちゃ難しいと表現してます。でも自分の願いが叶わなかったら不満は垂れる。実際、上記動画の11分辺りで西村大臣もそんな感じのこと言ってますよね。あぁなったらこうするな!とかなると、振り回されてる感覚を覚えなくはない。俺たち一般国民にも一定程度の責任があるかもしれないなぁと西村大臣との対談動画をみて思っている。

以上をまとめると。

与党と比べて情報保有量がめちゃくちゃ少ない+あぁいやこう言う日本国民(+言ったからには結果の実現は不可避であるところ、情勢の変化によってはそれが不可能なところがある。絶対の実現は証明できない。いつまでも仮説にとどまるところがあるし、批判だけしてる国民とは違って責任も伴う)という事情があるからなかなか建設的な話にはなれなかったのかなぁと思っている。

ただ、いずれにせよ。俺は思うところがある。確かに批判ばかりというのはよくないかもしれない。政策の提案とかできるのが一番ではある。しかしそういいつつも、自分の望んだものが出てこなかったときにはその時はその時でまた不満を垂れ流す、他人を無能と罵るのである。上記の通り政治家はサンタクロースではないのだ。何でもかんでも思い通りに現実が動くわけではない。どこかしらの妥協はどうしても必要であろう。あともう一つ。政治への批判をしてる国民は、実は与党よりも情報量が少ない野党よりもさらに情報量が少ないのだ。それを忘れてはいけないだろう。数多にわたる考慮すべき事項を考慮して提案しなければならないとき、その事項の多さ・複雑さを目の当たりにしたとき、果たしてあなたは自信をもって堂々と発言することができるだろうか。ありとあらゆるところから非難を受け、罵られる覚悟はあるだろうか?無能、クズだと言われ、あなたは耐えられるだろうか?俺の答えはNOだ。なぜなら、批判ばかりで無能だとか言って非難を加え続ける者たちは、自分が持ってるものの少なさ、制度の仕組みを知らないだろうし、提案をしたことが皆無であろうと思っている。そんな者たちがいきなり「じゃあ1から考えて提案してみろ!」と言って提案ができるだろうか?経験が無いのにいきなり素晴らしい提案をすることができる人間はほとんどいないだろう。それじゃあなたが「批判ばっかりで無能だ」という枝野さんと同じではないですか。俺は枝野さんが何をなしてきたのか、どういう理念を掲げているのか、現在何をしているのかよく分かっていないので、あれこれ言うつもりは毛頭ないけれど。もし、その枝野さんが批判ばかりで無能なら、じゃああなた有能なの?と言いたい。もしそうなら是非とも即座に政治家になって、政策提案をして頂きたい、と本気で思っています。

と、過激に政策を批判したり、政策批判をする者たちへの非難をする者たちは些か身勝手で我儘ではないかと思っています。あぁいうのみるのも実は気分がいいものではないということも念頭に置いておいてほしい。

日本国民の皆さん。批判はいいですが、無能だとかそういう過激な表現は控えた方がいいと思いますよ。批判と言っても、「○○したら、××という問題が生じそうだよね、んじゃ俺ならその問題と○○の理念の実現のためにどうするかな、」という自分なりの提案も想起した上で批判なるものをしたもいいのではないかと思いますよ。

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