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ろう者・手話の「プロ」であること

聴覚障害児対象学習塾「デフスクール」を立ち上げたのは1998年。

フリーペーパー情報紙の在宅ライター時代、ろう大学生に取材した時に「同じ立場で、手話という共通言語で子どもたちに勉強を教えたい」という考えが一致したことから始まった。

ろう大学生2名と私、ろうの子供を持つ保護者1名の4名で、小さなアパートの部屋を借りて始めた。

その当時、鹿児島では聾学校から進学する生徒なんてほぼいないに等しく、東京から鹿児島の国立大学に進学した学生が、しかも、ろう学校からの進学というのがとても珍しく、「どうやって大学に?」という好奇心から取材を申し込んだのだ。

関東圏じゃ、ろう学校から大学に進学するなんて当たり前のこと、珍しいことではないと聞かされた時はかなりショックを受けた。

大学、短大なんて地域の学校にインテグレートしないと進学できないと思い込んでいたのだ。

鹿児島聾学校は、普通科がなく職業コースがメインだったので、地域格差によるものも大きかったと思うが、「鹿児島聾学校から大学に進学する生徒が出てきてほしい」と強く思っていたことが、取材のなかで盛り上がり、それならば学習塾をやろうかということになったのである。


南日本新聞

私自身、短大で体育科の教員免状を取得し、聾学校の教員を目指していたのだが手話よりも聴覚口話法を、という方針に違和感があり、また私の性格上、マニュアル通りの授業がなんとなく自分に合わないと思ったことから教員を目指すことは断念した。

しかし、教育実習の際の子どもたちの無邪気な笑顔が忘れられなく、その大学生と学習塾を立ち上げることにした時は正直嬉しかった。

それから数何年間、何人かの子ども達に勉強を教え…とはいっても、真面目に教えたかというとそうでもなかった…。

とにかく子どもたちは、まず「手話べりたい」のである。

こちらとしては月謝をいただいている以上、最初から勉強モードでいきたいのだが、子どもたちはそうさせてくれない。
とにかく学校であったことを、とにかく話したいのである。
その心理に気づいてからは、まず最初は話を聞くことから始まる。ひと通り、バーっとしゃべったあとは、気持ちも落ち着いたのか勉強に素直に向かってくれる。

やはり「手話」は大事だ。
話が通じることが、こんなに豊かな自己表現に繋がるものなのかと改めて思い知らされた。

私自身、デフファミリーなので家に帰れば母曰く、何時間もしゃべりっぱなしだったそうだ。地域の学校に通っていたからか、家が思い切り自分をさらけ出して話せる場所であり、しゃべることで心のバランスをとっていたのかも知れない。

思う存分、手話で話せることは
心理的に安定をもたらすものなのだとデフスクールでは教えてくれた。

また大学に進学する、日本語を身につける、それを最初は目標にしていたものの子どもたちと触れ合ううちに
「勉強だけが人生ではない。善悪を知り、判断力を身につけ、社会に出てもしっかりやっていける人間に育てることが1番大切」と気づかされたのも、デフスクールのおかげ。

そう思わせてくれたのは、「ろう重複」の子どもたちからだ。「ろう重複」の子どもたちから学んだことはとっても大きかった。コミュニケーションに苦労したからではない。「人として生きるために最低限必要なことは何か」を教えてくれたから。

それは、ろう重複児のみならず、すべての子どもたちにも言えることである。

それからフリースクールも月一回ぐらい実施し、その後、鹿児島市の障害児学童保育の補助金を受け「学童保育デフキッズ」になり、そして2005年に現在の「放課後等デイサービス・デフキッズ」に移行した。

学習塾は私自身が忙しくなったこともあり、学童保育デフキッズに吸収させ、現在では放課後等デイサービスのなかで宿題をみたり、いろいろなプリントを子どもたちの希望に合わせて勉強する形になっている。

現在の放課後等デイサービス・デフキッズのスタッフ構成は

ろう指導員 4名/聴指導員 2名

である。

子どもたちのロールモデルとなるよう、ろう者指導員を多く配置し、聴指導員には聴者ロールモデルを想定し、ろう文化、聴文化の2文化のなか、さまざまな企画を通して子どもたちをサポートしている。

夏のキャンプ

人工内耳装用児が増えている昨今であるが、デフキッズはあくまでも「手話メイン」とし、保護者も手話の必要性を理解し通わせていただいている。

口話ができていても、いつかは手話が必要と思う時がくる。成年になってから手話を身につけることは、第二言語を習得するのと同じで時間がかかる、または困難がつきまとう。幼少期から手話も、というバイリンガル環境で育つことは子どもたちの強みになることは間違いない。

また「見える言葉」でもあるので、デフキッズでの活動はすべて手話で行うため、個人差はあれ、さまざまな情報や知識が確実に身につくのだ。手話表出がまだまだでも、読み取れるだけでも十分である。

そしてスタッフ、とりわけ「ろうスタッフ」には、

手話のプロであり
ろう者のプロである

ことを伝えている。

ろう者スタッフの存在そのものが、デフキッズのいちばんの強みなのである。

だから、デフコミュニティやろう教育、手話などのプロとしと、また、ろうの先輩として誇りをもってやってほしいと事あるごとに伝えている。

特に、聾学校出身のろう者は
とても強力な人材だ。

なぜなら
ろう歴史やデフコミュニティの最強のプロだからである。

そんなろう者たちには、全国各地でろう児・難聴児のロールモデルとして、子どもたちの「希望の存在」となって欲しい。


放課後等デイサービス・デフキッズ
https://www.instagram.com/deaf_kids.kagoshima/

https://ameblo.jp/deaf-kids/


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