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今日から棚担当を持つ人に教える事リスト

入社したての新人が、今日から棚を担当する。

新人が配置される分野は、僕が取り仕切っている。つまり、僕の部下になるわけだ。棚の担当というのは、人員調整や上司の思惑によって変わるので、退職するまでずっと同じ分野であるとは限らない。つまり、ある程度は潰しの効く事も教えなければならない。
書店員の仕事は多岐にわたる。というか書店員に限らず、仕事の全てを初日に教えるなんて事は、どんな業種においても不可能だ。だから新人指導において、初日に教える事というのは大きく2パターンあると思う。仕事の全体像をざっくりと教えるか、翌日からある程度放っておいても大丈夫なように、日々少なからずこなさなければならない日常業務を教えるか。前者は、口頭で教える事もあるし、いわゆる講義型の研修という形で行われたりもする。後者は、軽作業など現場型の職業に多い指導方法だ。もちろん、どちらかだけという訳ではなく、グラデーションになっている場合もあるだろう。
今、書店員はどちらのパターンに偏っているだろう。これは僕の経験から来る憶測だけど、後者のパターンが多いのではないだろうか。なぜなら、指導にかける時間や人員が、慢性的に不足しているからだ。とりあえず時間を持て余さないよう、日常的に行う作業の指示を出し、適宜修正をしながら、色々慣れてきたところでようやく全体的な話をする。
もちろん、こうした指導が悪いと言いたいのではない。実際に手を動かし、本や棚に触る事で覚えていく事というのは数多くある。ただ、担当になった初日というのは、新人の方でも意気込んで、こちらの指示や話をしっかり聞こうとしているものだ。そういう時を狙って、全体的な話を中心に指導する事で、その後教える内容が飲み込みやすくなる効果がある。新人のタイプによって塩梅は異なるけれど、書店員という仕事の大枠を多少なりとも掴ませてから作業に取り掛かってもらえれば、なぜこの作業をするのか、という疑問に対する納得感が予め得られるだろう。これは、新人のモチベーション管理にも繋がると思う。

以上を踏まえ、書店員が新人に対して特に初日に教えるべき事とは何だろうか。僕なりに考えてみた指導事項は、以下の通りだ。

①書店員の使命
いきなり大仰な話になるが、けっこうこれは大事なことではないだろうか。書店員はとにかく給料が安く、その割に多忙で、しかも接客業である以上、理不尽なストレスに晒されやすい。そんな苦難の日々を耐え忍んだとしても、売上は年々右肩下がりだ。成果も出ず、得られるものも少ないとなると、人は辞める。そうなる前に、書店員として仕事をする意義を考えながら働いてもらいたいし、自分の中で意義を見出している人が行う仕事には、その人の色が出る。それがゆくゆくは書店の・棚の個性となり、ファンを作る。
でも、書店員の使命などというものに、決まった定義なんてない。極端に言えば、書店員の数だけ定義は存在すると言ってもいい。だから、僕が・あなたが新人に伝えるべき事とは、他でもない僕自身・あなた自身が、書店員の使命をどのように考えているか、という事だ。それが新人にとって、どのように捉えられるかは二の次だ。肯定的に捉えようと否定的に捉えようと、きっと僕が・あなたが伝えた言葉が起爆剤となって、大きな化学反応を引き起こしてくれるはずだ。
僕は、文化と知識を次代に引き継ぐという意志を持って、この仕事をしている。長い歴史の中で読み継がれてきた名著・名作をしっかりと取り揃え、読者の手に行き渡るようにする事で、この使命を果たしたいと思う。あるいは、これからの時代を生きる若い人たちや、変わりたいという意志を持つ人たちに本を売り、その本がきっかけとなって、何か良い変化が起きてくれたならば、僕としては最高の仕事をしたという事になる。だから僕はあらゆる分野の入門書が好きだし、入門書の中でも良質なものをセレクトする事で、若い人たちがその分野に触れやすい環境を作りたいと、常日頃頭を悩ませている。
その為には、良い本を仕入れ、不要な本を置かない選択をする必要がある。もちろん、売りたいものを売るだけでは商売にならない。売れるものはしっかりと売り、自分自身が売るべきだと判断したものもまた、売れるように働きかけるのだ。これこそが書店員が行うべき仕事ではないかと、僕は考える。
自分の思いの丈をしっかり伝えたら、新人に対して、最後に一言付け加えよう。「それで、あなたは何がしたい?」
僕が・あなたが教える新人は、書店員という仕事を通じて、何がしたいのか? 何を得たいのか? それを一緒に考えてあげる事も、上司として必要な仕事だろう。

②流通の仕組み
書店とは小売である。小売の対義語は、卸売である。卸売は製造業、つまり出版業界であれば、出版社から商品を仕入れる。消費者に商品を小分けにして売る、書店という小売の役割を全うするには、出版社と卸売を経由して、商品を仕入れる必要がある。
とまあ、こんな事からちゃんと説明しておかないと、取次を運送会社だと勘違いしたり、返品了解や直取引・掛率・買切などの概念が理解できない悲劇が発生するので、できれば先に説明すべきだ。日本における出版業界特有の、再販制度・委託配本制度についても、このタイミングで説明してしまいたい。
それぞれの会社に、流通に関する資料があればそれを使ってもいいし、下記リンクのような、分かりやすい解説ページを見せてあげてもいい。
https://www.p-press.jp/blog/sell/8.html

③店内の荷物の流れ
本格的な作業に入る前に、例えば雑誌は前日に店着して、閉店後か翌日の開店前に店頭に出すとか、新刊は何時、注文品は何時、補充品は何時に来るので、それぞれの分野に分けて店頭に出すとか、要するに、入荷してくる商品の呼び方と性質・特徴を説明する。検品や入荷処理についても、必要に応じて説明しておきたい。
これを省くと、新人が品出ししたと主張する新刊が実は注文品であったり、逆に1冊しか入ってないから補充品だと思って、棚の登録をせずに差して行方が分からなくなる、といった事が起こる。
これらを一通り説明した後に、仕事の覚え具合に応じて、どの商品をどのように出して欲しいかを教えていく。この辺りは、お店の規模によって違うのではないだろうか。僕のお店では、まずは補充品を棚に出して行ってもらう。その中で、棚や本の並びを感覚で覚え、本の持ち方や積み方を習得し、最終的には全ての商品を品出しできるようになっていく事を目指す。発注とか返品は、追々教える事になる。

④棚整理
初日としては、とりあえずこれくらい教えれば良いのではないだろうか。あまり詰め込みすぎても、今後のモチベーションに影響が出る。
でも僕は、新人が棚を担当する初日、色々な事を教えてから最後の一時間は、みっちりと棚整理をさせる。以前記事にも書いたように、棚整理という仕事は、経験を積んでいく中でより高度な技術になっていくから、本来初めに教えるべき事であり、そしてそれこそが、書店員として売上を作る最良の道だからだ。

https://note.com/dcurious8/n/nbf6eb86ef0a9
まずは本の背を揃える、帯を直すか外す、スリップを戻す、ホコリを落とす、本を元の位置に戻す、という五項目が基本だ。これがだんだんと六項目、七項目、十項目とかになっていくわけだ。
基本思想は、「全ての本が、まるで今入荷したかのような状態にする」こと。この基本思想を押さえてさえいれば、よほど酷いことにはならないはずだ。

もちろん、分野の配置や時間配分によっては、こんな事よりも優先して教えねばならない事や、これに加えて教えるべき事もあると思う。
けれど、かつて僕が書店員一年生だった頃を振り返ると、こういう事を先に知っておければ良かったな、ということばかりをリストアップしたつもりだ。

全ての書店員指導担当、そして、棚担当一年生に幸あらん事を。

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