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銭湯を舞台に主人公の再生を描く、小説「弦月湯からこんにちは」

最近の銭湯事情やスペインへのオマージュ、声楽家ならではのロマンティックなシーン。見どころ満載で、温かい恋心と家族愛に満ちた読了感を味わえる、小暮沙優さんの小説「弦月湯からこんにちは」を紹介します。

あらすじ

 仕事も、住処も、すべてを失った。拾われた先は、銭湯だった。

 世界的なツァイトウイルスの流行によって、仕事も住処も失った山口壱子。ある朝、意を決して外に出た壱子が辿り着いたのは、ガウディへのオマージュに満ちた銭湯「弦月湯」。住み込み募集の張り紙を見つけた壱子は番台にいた小柄な女性、若月いずみに思わず声をかける。
 いずみの従弟であり、かつて壱子のもとで働いていたノンバイナリージェンダーのデザイナー・若月暦との再会、そして弦月湯の再建を通じて壱子の心は蘇り始める。

 喪失から再生の過程をゆるやかに描く、中編小説。

小説「弦月湯からこんにちは」

感想

小暮沙優さんは、声楽家の仕事の傍ら、小説も書いている方です。この作品には、小暮さんの人生における様々な経験が小道具や舞台装置として盛り込まれて、素敵な雰囲気を作り出しています。

まず、スペインへのオマージュ。当初の職場はスペイン料理を振る舞うチェーン店。その旗艦店の店長として、主人公の壱子は奮闘します。しかし、経営者の代替わりや感染症の流行により状況は悪化し、壱子は仕事を失います。社員寮からの立ち退きも迫っており、文字通り全てを失った状況から、物語は始まります。

ある日の壱子は、夢の出来事で目を覚まし、これまでの日々を振り返り、このままでは行けないと街に出ます。そして出会ったのは、スペインの芸術家ガウディの作品のオマージュと思われる不思議な銭湯でした。住み込みのアルバイトに応募した壱子は、番頭のいずみから説明を受けて、銭湯「弦月湯」で暮らし始めます。そこには、壱子の旧知の暦くんもいました。

この銭湯の記述や、その後の様々な活動への展開を描くにあたり、著者の小暮沙優さんは、実際に様々な銭湯に足を運び、先進的な活動を行っている方にインタビューもされたそうです。詳しくは以下の記事を参照ください。

この著者の行動の結果、中盤の「弦月湯」の危機とそれをどう乗り越えたかの描写にリアリティが生まれたものと思われます。

そして、小暮沙優さんの声楽家としてのアプローチを活かした、後半の山場はとてもロマンティックでありながら、心温まる表現をされていました。

小暮沙優さんの小説「弦月湯からこんにちは」は、現在の社会背景を踏まえて、生き残りを図ろうする銭湯事情を舞台装置の一つとして、主人公壱子の喪失と再生を描いた小説です。終盤の恋愛・家族愛の結実のシーンはとても心温まるものでした。ぜひ多くの人の元に届いて欲しい作品です✨️🐶🐳


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