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”テックの僻地”から”スタートアップ大国”へ。フランスの華麗なる変貌を解説し、日本と比較してみた

こんにちは!Dawn's note運営部です。

今回はDawn Capitalメンバーの現地調査を踏まえたフランスのスタートアップ事情について、マクロ・ミクロの両視点から説明していきます。

『フランスのスタートアップ事情について手っ取り早く知りたい!』という方には必見の内容となっていますので、ぜひご覧ください!


0: 仏スタートアップ環境を学ぶ意義

昨年6月、岸田内閣は2022年を「スタートアップ創出元年」と銘打ち、同年11月には今後5年でスタートアップへの投資額を10倍に増やすとのインパクトある施策を掲げました。

しかし、実はこの一連のスタートアップ施策は、日本政府がフランスのスタートアップエコシステムへの視察・ヒアリング・調査を重ね、フランスの政策を下敷きとして策定したということはあまり知られていません。

例えば東京都が運営するInnovation Base Tokyoはフランスの世界最大のスタートアップキャンパス・StationFを、経産省が進めるJ-Startupはフランス政府が進めるスタートアップ支援プログラム群・French Techをモデルにしていると言われています。

日本スタートアップ・エコシステムの未来予想図は現在のフランスの成功状況を描いている部分が大きく、かつディープテックを筆頭に参考になる制度も多いため、ここにフランスのスタートアップ環境を学ぶ意義があると言えます。

1: 明暗分かれた日仏スタートアップ躍進

「1990年代は、親に会社を興したいと言えば、追放されるか、結婚もできない時代だった。不幸にも起業して失敗すれば、(銀行の)ブラックリストに載り、10年間は住宅ローンが組めなくなる。失敗が汚点になったのだ」

これは日本の話ではない。2016年に日本で自然キャピタルというベンチャーキャピタル(VC)を共同設立した、マーク・ビベンズ氏が語るのはフランスのことだ。
企業、特に新興企業は、新しいアイデアを経済的価値に変えるベルトコンベアのようなものだが、かつてフランスも日本と同じように先端技術への投資で後れをとっていたのである。

引用:東洋経済オンライン

フランスは今でこそ起業文化が深く根付いているものの、昔は日本と同じく労働者の権利を重視するサラリーマン社会でした。

しかし、投資銀行出身のマクロン大統領がその知見を生かし、2013年をスタートアップ創出元年として様々な策を講じ始めて以降、フランスのスタートアップ市場は急成長しました。

実はこの5年後に、すでに日本はスタートアップに着目する同様の動きを見せています。
2018年、故安倍晋三元首相は2023年までにユニコーンを20社にすると公言していました。ですが、2022年10月現在で日本のユニコーンの数は12社にすぎません。

一方、2010年にはゼロだったフランスのユニコーンは現在36社存在しています。さらに詳しく数値を見ると、

フランスのVC投資は2009年から4倍のGDP比0.12%となり、現在OECD28カ国中10位と高い水準にある。日本のVC投資も同期間に3倍に膨らんだが、18位にとどまっている。

引用:東洋経済オンライン

という分析も出ています。

このような現状を受け、日本からフランスのスタートアップエコシステムに対するラブコールともいうべき交流が近年活発化しています。

2010年代に同様にスタートアップ育成への意気込みを見せた日仏両国は、なぜここまでスタートアップの成長成果に明暗が出てしまったのでしょうか?

2: 数字で見るフランスの投資市場

”I want France to be a Startup Nation.”
2017年6月、欧州最大級のテクノロジーイベント・Viva Techにてマクロン大統領が語った一説です。

2021年のフランスのスタートアップに対するVCなどの投資総額は、前年比115%増の61億ユーロ(約8300億円)に達しました。このうちシード・アーリーステージへの投資が全体の65%を占めており、起業初期の支援が積極的に行われています(出典:StartupPortugal)。

また、フランス国内のVCによる投資額は2021年で24億ユーロ(約3200億円)でしたが、海外からの投資も大きな割合を占めています。特に米国VCによる投資が2021年には37億ユーロ(約5000億円)に達しており、全体の6割以上を米国勢が投資している計算になります(出典:日本貿易振興機構)。

ユニコーン数もフランスはヨーロッパで英国に次ぐ2位で、2023年10月時点で36社のユニコーン企業が存在します(出典:GGV社)。

このように、フランスのスタートアップエコシステムは投資規模、支援体制ともにヨーロッパ内で屈指の存在感を示しています。

3:フランスのスタートアップエコシステムの概要

「テック産業の僻地」だったフランス

かつてのフランスのスタートアップ環境に関して、興味深いリサーチがあります。

もともとフランスは優秀な起業家が国外へと流出する”Tech Backwater”(テック産業の僻地)とされてきました。世界有数の数学教育を通じて多くのテック人材を輩出するものの、リスクマネーの供給が少ないため、成功を目指す起業家はアメリカへと向かった歴史があります。

・Snowflake(クラウドプラットフォーム)
・Eventbrite(イベント管理プラットフォーム)
・Moderna(mRNAワクチンの開発)


等、10億ドル以上の規模となったアメリカ発企業の創業者はいずれもフランス人です。このようにより多くの機会を求めて人材が他国へと流出し、フランス国内ではスタートアップが成長する基盤が十分でない時期を過ごしていました。

引用:RouteX フランスのスタートアップ・エコシステムの発展と迫り来る転換点 ~2022年の大統領選挙が与える影響とは~

このように、フランスは

・サラリーマン社会で、起業文化が希薄だった
・優秀な人材が国外に流出しがちだった

という日本と同様の状況が形成されていました。

スタートアップハブになるまでの軌跡

2013年、マクロン大統領が旗振り役になり、フランスのスタートアップエコシステムの発展を促進する政策公共群「French Tech」が発足しました。
このFrench Techこそが、フランスをスタートアップ大国に押し上げた要因です。French Techは21のプログラムから構成され、起業家、投資家、大学・研究機関、大手企業、インキュベータといった多方面のアクターに対する支援策を打ち出しています。

以下はその施策の一部を抜粋したものです。

・海外起業家のフランス滞在許可証の取得支援プログラム「フレンチテック・ビザ」の設置
・世界22カ所に設置されたアクセラレーション拠点「フレンチテック・ハブ」の設置
・€400Mのマッチングファンドを用いて、創業3年未満のディープテック分野のスタートアップに共同投資するFrench Tech Seedの設置

 (※要点を詳細に知りたい方は、以下のサイトがおすすめです!)

特にこのスタートアップ・エコシステムのハブとなっているのが、世界最大規模のスタートアップキャンパス・StationFです。

2017年に開設されたStation Fは、フランスの資産家・Xavier Niel氏が30億ユーロ(約4300億円)を投資したことにより創設されました。
Xavier Niel氏は日本での知名度はあまりないものの、フランスのスタートアップシーンを語るには欠かせないキーパーソンです。

Wiredは彼をテクノロジー界で世界で7番目に影響力のある人物と評価したほか、ヴァニティ・フェア誌は彼を海外で世界で最も影響力のあるフランス人であると述べました。
2010年に彼が設立したKima Venturesは、 世界的にも活発な投資ファンドとして名を馳せています。

Station F の成功により、マクロン大統領が2019年に掲げた「フランスのユニコーン企業を2025年までに25社にする」との目標は3年も前倒しで達成されました。

他にもフランス政府は2013年以降、スタートアップ向けの税制優遇策を次々と導入しています。
具体的には、スタートアップへの投資にかかる税金を軽減する政策です。
エンジェル税制では、スタートアップへの投資にかかる税金が大幅に減免されます。さらに2015年には、イノベーション拠出金制度が導入され、スタートアップへの投資にかかる法人税を減免できるようになりました。

VCなどの投資機関は、こうした税制優遇策を活用してスタートアップ投資を行っています。例えばXavier Nielが率いる大手VC・Kima Venturesは、税制優遇策を活用しつつ、1社当たりわずか5万ユーロからの少額投資で知られています。Kima Venturesは少額投資ゆえの機動力の高さから世界中のスタートアップに投資を行っており、税制優遇策が投資の裾野を広げる効果を発揮しているといえます。

またフランス政府は2017年、外国人起業家を呼び込むためにスタートアップのためのビザを創設しました。このビザを取得すると、起業準備のために1年間フランスに滞在できます。
ビザ発給条件は、イノベーティブなアイデアを持ち、フランスでの起業を目指していること。フランス語能力は必須ではありません。

これによって、世界中から優秀な起業家人材がフランスに集まるようになり、エコシステムの活性化につながっています。

中でも注目されているのが、歴史的繋がりの深いアフリカ諸国からの起業家です。アフリカは成長が期待される市場であり、現地でビジネス経験を積んだ起業家がフランスでアフリカ市場をターゲットとしたビジネスを立ち上げる動きが加速しています。

このような環境からアメリカのトップVC・Sequoia CapitalIndex VenturesAccel Partnersもフランスのスタートアップ環境に熱い視線を注義ぎ、担当者を設置しています。

4:日仏比較で見えてくるスタートアップ支援の課題感

ここまでフランスのスタートアップエコシステム概況を俯瞰してきましたが、日本のスタートアップ政策もフランスに負けず劣らず充実した政策をそろえています。

しかし、日仏の政策を比較したとき、日本のスタートアップ政策の弱点がいくつか存在します。

大企業の投資分野の狭さ

日本では通常、支援対象のスタートアップは同業もしくは関連業種に限定されるが、フランスでは全く無関係の事業を行うスタートアップでも、支援の対象とする場合が多い。
企業イメージ向上のためであり、スタートアップと経済全体の発展が自社利益にもつながるため、と多くの企業は回答する。
自社が支援したスタートアップが競合他社に買収されても、全く意に介さない。ある企業のアクセラレーションプログラムに、パートナーである他社が参加して資金拠出する場合も多いことも要因の1つであろう。

大企業が自社ビジネスへの直接的な利益を要件とせず、支援の手を一斉に広げれば、スタートアップ起業の環境は大きく改善するであろうし、これこそが短期間でフランスのエコシステムが急速に発展した真の理由であると思われる。

引用:JETRO フランスのスタートアップ・エコシステム発展の理由

近年、環境配慮が企業イメージを問う一項目として定着しつつありますが、フランスではそこにスタートアップ支援が加わります。

著名航空機メーカー・エアバスが設立したBizLabや、総合金融機関クレディ・アグリコルが設立したVillage by CAのように、大企業が主導してスタートアップ支援機関を創設した例は非常に多く、スタートアップに対する大企業の感度の高さが伺えます。

対する日本は「官民による若手研究者発掘支援事業」が近年発足したものの、あくまで企業と若手研究者の共同研究・伴走が前提とされており、手放しの支援とは言い難い支援形態となっています。

10兆円ファンドの失態から垣間見える、「出会い」の軽視

2022年3月、日本に10兆円規模の大学ファンド(基金)が誕生しました。 このファンドは政府が運用益を活用して、世界トップレベルの研究水準を目指す大学を長期的・安定的に助成するために創設したもので、世界的にも類を見ない規模の巨大ファンドです。

しかし2023年7月、このファンドに関して科学技術振興機構は7月7日に604億円の赤字を発表しました。損益計算書上の当期利益は742億円ですが、23年3月末時点での含み損が1259億円に上ります。

日本政府はお金を出し惜しみしていないのに、なぜこのような結果になってしまったのか?これに関して「ビジネスの神様」と名高い大前研一氏が、興味深いインサイトを出しています。

10兆円ファンドの創設は、海外の一流大学に比肩する大学を日本から生み出すことも目的のようだ。(中略)しかし、なぜスタンフォード大学が成功しているのか、まったく理解していない。
(中略)私はスタンフォード大学のビジネススクールで客員教授を2年間やっていたのでよく知っているが、重要なのは「お金」ではない。起業家養成に欠かせないのは「出会い」だ。
(中略)
例えば、1990年代に世界のソフトウエア産業をリードしたサン・マイクロシステムズは、大学内の出会いで誕生した。まだオフコンの時代だった82年、大学から校内LANの構築を頼まれたスコット・マクネリーが、インターネットの神様と呼ばれていたカリフォルニア大学バークレー校のビル・ジョイに声をかけた。ミーティングしたのは、スタンフォードの街角にあるマクドナルドの2階。そこで起業が決まった。社名のSUNは太陽ではなく、Stanford University Networkの略である。
(中略)
日本は、ビジネスマッチングを促進し、起業を増やすためには「出会い」に注力すべきだ。偶然の出会いは、起業家や研究者が集う大学や研究所、彼らが暮らす住居、ぶらぶら歩くボードウオーク(板張りの遊歩道)で起こる。
(中略)
初期投資の段階から関与していけば、年間1億円の投資だけでも16社をIPOに導くことができた。にもかかわらず、10兆円規模とは桁違いも甚だしい。多額の税金をドブに捨てるようなものだ。

引用:大前研一メソッド 大学「10兆円ファンド」、604億円の赤字

翻ってフランスのスタートアップ施策を俯瞰すると、世界最大のスタートアップキャンパス・StationFや、41カ所のインキュベータ施設のうちの一つを最大12カ月間無料で利用できる「フレンチテックチケット」といった施策により、意図的に様々な層の人々が「出会える場」を潤沢に提供しています。

金額感で見れば世界のスタートアップ支援策に遜色ない日本のスタートアップ支援ですが、「人と人との繋がり」をもっと本質的に重視することで、さらなる活況がスタートアップ市場で起こるかもしれません。

参考として、CIC Tokyoをはじめとし、人と人の出会いを中継するハブとなる場所が勃興し出したのは、直近の興味深い動きです。

知財戦略の整備不足

2022年発表された経済産業省スタートアップ支援策一覧の目次を見ると、「知財」というワードが入る項目が69項目中11項目に及ぶと言う驚きの事実が分かります。
背景には、日本ではスタートアップの特許収入が中国を筆頭とした他国に比べて低迷しており、知財保護の強化が喫緊の課題と位置づけられている状況があります。

日本のスタートアップは、協働の結果、研究成果が大企業に不当に掠め取られるといった悪質な事例にさらされてきました。

日本政府は最近になって知財戦略に関する施策を多数創出しましたが、こうして戦略が整備されるまでは特にディープテック分野のスタートアップが成長できる土壌が不当に荒らされていた、という課題感がありました。
詳しくは、こちらの解説noteをご覧ください。

今後、投資家・起業家、官民が連携し、知財の重要性に対する理解を深めることが必要不可欠でしょう。

5: 今後、日本の起業家はスタートアップエコシステムの中でどう動くべきか?

これを示唆するために、フランスのエコシステムの中で成功し、日本でも再現性の高いベストプラクティスとして参考になる仏スタートアップ・「Pasqal」をご紹介します。

パリに拠点を置く量子コンピューティング・スタートアップPasqalは、2023年1月、シリーズBで1億ユーロを調達しました。
2019年以降、同スタートアップは合計で1億2,500万ユーロを超える資金を調達しています。この成功の裏側にある要因として着目すべきは、

・特許化された技術をライセンスアウトする技術移転事務所
SATT Paris Saclay
・実地でオープンイノベーション行うLe Playground
・シード期向け調達プログラム、La French Tech Seed

です。
(参考:RouteX フランスDeep Techの集積地Paris Saclay① 国家主導のエコシステム開発

プレシード〜シード期の調達困難に陥りがちなディープテックを支えるこれらのシステムは、近年日本でも導入されています。

例えば「ディープテックベンチャーへの民間融資に対する債務保証制度」や知財コミュニティポータルサイト 「IP BASE」、「オープンイノベーションを促進するモデル契約書」等が行政から公開され、知財保護策が整いつつあります。このように、助成金制度や各種の手引書に関しては非常に充実しているのが現状の日本スタートアップエコシステムの良い側面です。

日本の起業家にとって、経済産業省スタートアップ支援策一覧をコアの参考書として既存の制度をハックしつつ、スタートアップ・エコシステムが充実している国のユニコーンはいかに公的制度を利用して成功したかを辿るのが、再現性の高い成功方法なのではないでしょうか。

6: まとめ

課題点は多いものの日本のスタートアップ環境も徐々に前進し、スタートアップが生まれやすいように変化を続けています。

変わりゆく制度を柔軟に活用する起業家精神が問われる今、単なるフランス制度の模倣に終わるだけでなく、起業を応援する日本独自の風土が根付くことを願ってやみません。


文・リサーチ/ 八並映里香
クリエイティブ/ 池田龍之介

今回の記事執筆にあたっては、リサーチをRouteX様に協力していただきました!
RouteX様は、「情報の非対称性が無い世界へ」をミッションにスタートアップに関連する世界中の情報を集約・理解し、リサーチ/コンサルティング事業を行うシンクタンクです。
RouteX様は、主にフランスを拠点に「スタートアップ・エコシステム」という概念に基づいた知見の集積を行っています!
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