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SaaS/AI成長戦略の盲点、「知財」を解説してみた

こんにちは!Dawn Capitalインターンの八並映里香です。
突然ですが皆さんは、これからスタートアップが生き残るには知財戦略が不可欠であるという事実をどれほどご存知でしょうか?

本記事では近年の「スタートアップ×知財戦略」の重要性の拡大について、現状の法的施策や海外企業の勝ち筋を分析する中で見えてきた

・なぜ今スタートアップが「知財」にフォーカスすべきなのか?
・知財戦略をいかにビジネスに繋げられるのか?

という本質的な疑問に対する答えを、ホット産業であるSaaS・AIに絡めながらクイックに解説していきます。

知財にフォーカスすべき理由

結論から言うと、

・知的財産権の取得は世界規模での「早い者勝ち」であるから
・共同開発や上場の際の自社防衛に役立つから
・資金調達やM&Aの際のレピュテーションに直結するから

の3点が理由として挙げられます。

- 世界規模での「早い者勝ち」競争

以下では基礎知識として、「知財」=「知的財産」に関する認識・定義を明確化します。

引用:特許庁HP

「知的財産」とは、人間の知的活動によって生み出されたアイデアや創作物であり、財産的な価値を持つものの総称です。
人間の幅広い知的創造活動の成果について、その創作者に一定期間の権利保護を与えるようにしたのが知的財産権制度です。

参考・引用:特許庁HP中小・ベンチャー知財支援サイト

知的財産権のうち、特に重要なのが特許権、意匠権、商標権です。
これらは特許庁での審査を通過しないと権利にはなりませんが、それだけ取得した際の技術的・レピュテーション的な優位性は高くなります。

以下は、具体的なイメージ感です。

引用:スタートアップの知財戦略 ~事業成長のための知財の活用と戦略法務~

なお特許法では「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」を「発明」として定義しており、特許権取得には以下の要件を満たすことが求められます。

引用:IP BASE

最も注意すべき点として、取得した知的財産権の効力は日本に限定され、外国でも権利が必要な場合は別途出願が必要です。しかし、新規性の判断は全世界を基準に行われ、世界のどこかで公知になった技術は新規性を失ってしまいます。
つまり独占したい技術は、権利が取得できるか否かにかかわらず一刻も早く出願申請をして「手持ちの技術を公開した」という既成事実を作らないと、世界の誰かに横入りをされてしまう可能性が高くなるのです。

逆に言えば、うまくこれらの知的財産権を活用すれば、事業差別化による競合優位性や模倣の防止を効率的に行うことができます。

引用:IP BASE


- 共同開発や上場の際の自社防衛

スタートアップが技術開発を行う際、大企業や大学機関と連携する事例は珍しいものではありません。
しかしこの「共同開発」が、技術の横取りの場となってしまう事例が残念ながら多々あります。

引用:日本経済新聞

2019年、公正取引委員会がスタートアップ企業の知的財産やノウハウが不当に大企業に奪われていないかを把握する実態調査に乗り出したところ、以下のような問題取引が見られました。

引用:日本経済新聞

共同事業・研究の際、大企業が強い立場を利用して知財を横取りする行為は独占禁止法上の優越的地位の乱用にあたる恐れがありますが、水面下では特許を取得してなかったためにスタートアップ側の技術やノウハウがすべて大企業側に吸収されるケースはしばしば見受けられます。

資金力・交渉力ともに実権の乏しいスタートアップが適切な条件で契約を結ぶためには、誰に・どのようにライセンスするかについて、法的に見て自社でコントロールできる状況にあることが戦略的オープンイノベーションを進める過程には不可欠なのです。

引用:IP BASE

また、特許をめぐって大企業が熾烈な訴訟合戦を繰り広げた事例も少なくありません。
2012年3月、上場直前だったFacebookはYahooに特許侵害訴訟を提起されました。
訴状によればYahooは、フェイスブックの機能が自社の10の特許技術を使っているとして使用料の支払いを求めたとのことです。

しかしFacebookは提訴直後にIBMから数百件の特許を購入し、その特許の一部を活用してカウンターとしてさらなる特許侵害訴訟を提起しました。
Facebookはその後Microsoftからも5億5,000万ドルでの特許の購入及び ライセンスを受け、急ピッチで知財の補強を行ったことで最終的にはYahooとの和解に漕ぎつけました。

引用:NGB

このことからも重要場面での有事に備え、知財戦略の補強はスタートアップにとって必須項目であることが伺えます。


- 資金調達やM&Aの成功に貢献

知財の資金調達における活用事例として、一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事の山中卓氏は「ベンチャー企業の知的財産についてはデューデリジェンス(企業価値査定)時点から着目している」と述べています。
このようにDDの際には知財戦略の有無は投資家目線での重要ポイントであり、具体的には

・競合に対していかに参入障壁を持つか
・いかにプレイヤーを増やしてマーケットサイズを拡大しつつ自社の優位性を保ち、オープンクローズ戦略を展開できるか

※オープンクローズ戦略=
他社に自社技術を積極的に開示するオープン戦略と、
自社独自の強みを秘匿化して競争優位性を確立するクローズ戦略をかけ合わせた戦略

を、確認しています。

また2012年、GoogleはApple等との特許紛争対策として、Motorola Mobilityを125億ドルで買収しました。
このように大手企業が
・特許ポートフォリオを固めるため
・必要な技術を取得するため
といった理由でM&Aを実行することは非常に多く、特許の出願・登録状況をウォッチングし、M&A対象企業を見定めている場合もあります

資金調達やM&Aにおいて自社の知財戦略をしっかりと展開しているスタートアップは、このようにオフェンス&ディフェンスの両面でバリューを発揮することができるのです。

引用:IP BASE


知財戦略をビジネスに繋げる方法

今回は知的財産権申請と特に親和性が高いSaaSとAIを例に出しながら解説していきます。
事業の課題感と特許申請に関する具体的なTipsを絡めながら、分かりやすく各事業の知財戦略を解説しました。

引用:Unsplash

- SaaSとAI

SaaSとAIはともにソフトウェアをツールとしたサービスという点で共通項があり、notionのAI機能搭載のように「SaaSの上にAIが乗っかる」事例は今後増加することが予想されます。
しかし、SaaS/AIにおいて知財戦略で勝ち筋を作るというアイデアは未だ盲点であり、今後ここをいかに上手く突くかで会社の命運が決まると言っても過言ではありません。

そこで、SaaS/AIの知財戦略のノウハウや落とし穴を、以下の主要な知財権に分類して解説します。

①意匠権の獲得
②特許権の獲得
③商標権の獲得

①意匠権の獲得

SaaSやAIと聞くとテクニカル要素=特許権をイメージする方もいらっしゃるでしょうが、意外にも意匠権は「裏ボス」のような存在です。

2011年、AppleはサムスンのスマホとタブレットがApple製品を「そのまま」模倣しているとしてサムスンを提訴し、この裁判は7年後の2018年まで泥沼化しました。

引用:CNET
当該裁判の法廷スケッチ

結局はAppleが勝訴しサムスンに約10億ドルという巨額の賠償金支払いが下されましたが、その10億ドルの内訳のほとんどは意匠権侵害に関するものであり、特許権侵害による賠償額は約1,000万ドルにすぎないことはあまり知られていません。

意匠権とは、「工業デザイン=物理的な品物の外観としての価値」を保護するための権利であり、IT社会の今では液晶画面のデザインも保護対象になっています。

例えばiPhoneでおなじみになった、画面をスワイプしてスリープ状態から起動する動作は、携帯情報機器という物品に付随する画面デザインであるため意匠権の対象になっています。
Appleは日本でもこの意匠権を取得しており、これはアップル以外のメーカーのスマホが微妙に違う起動操作を提供している理由の一つとなっています。

引用:Unsplash

さらに2020年4月から改正意匠法が施行され、サーバーから提供された画像についても意匠権の保護対象になりました。
これによりGUIそのものが保護される結果となり、具体的には物品に記録されずクラウド上から提供される画像(=ウィンドウ画像、アイコン画像、メニュー画像等)や、物品以外の場所に投影される画像も「意匠」として保護されることになります。

基本的に日本の知財制度では、最初に製品を販売した日から6ヶ月以内に
所定の手続をして出願をしないと、適法に意匠権を取得できません。

しかしここで意匠権申請のポイントとして、すでに運用しているサービスであっても「新規性喪失の例外」という制度を利用して直近1年以内にリリースしたものであれば意匠権を取れる可能性があります。
「こんな制度知らずに、なんの権利出願もせずサービスリリースしてしまった…!」という方でも、まだチャンスはあるのです。

ただし中国などの多くの国では日本における自社製品の販売でそのデザイン・発明が公開されてしまうと、適法にその国の意匠権が取得できなくなるので、やはり十分に注意が必要です。


②特許権の獲得

引用:Unsplash

SaaSやAIの特性として徐々に機能をアップデートしていくことが多いため、新しい機能をリリースする前に、個々の機能ごとに特許出願を検討することが重要です。

加えて多くのSaaSは、利用者が増えないと利益が出ない薄利多売なビジネスモデルです。売上が立たないうちは特許費用の捻出に苦労するかと思いますが、将来競合が出てきたときに模倣されないための予防策として特許を取るのであれば、やはりサービスをリリースする前に特許を出願する必要があります。

よって何か新しい製品やサービスが生まれた時にどこかを権利化できないかを検討してみるべきであり、思いがけない些細な機能が知財として莫大な価値をもたらす可能性も十分にあり得ます。

引用:Unsplash

例えば、アップルがサムスンから勝利を得た根拠となった特許の一つに「バウンススクロール」特許があります。
これは、「画面を指でスクロールしていき最終ページに到達したときに、いきなり画面が止まるのではなく何かにぶつかって跳ね返ったかのように動作する」というUI技術の一つです。
このような些細な技術でも裁判の争点の一つとなるほどの重要性を発揮することがあり、まさに何が「ドル箱」になるかはアイデアの活用・権利出願次第なのです。

しかし注意すべき点として、技術の進歩が早く、数年もあればモデルや演算方法は大きくチェンジするAIや機械学習の分野では、むしろ対照的に「技術を独占しない」こと自体が戦略化する事例もあります。
前提として技術革新のスピードが昨年から異様なほど加速しているAI業界では、基幹技術が数年で置き換わり、せっかく取った特許が機能しなくなってしまうというケースが多いのです。

引用:Stability.ai公式HP

そこで、むしろStability AIのように技術のオープンソース化を図り、業界全体の開発推進に協力的であるという姿勢を示すことが資金調達や業界における高評価に繋がる可能性もあります。
実際に同社はその姿勢からAmazonといったビッグテックとの提携を結ぶことに成功しました。

Stability AIの詳しい概要:


③商標権の獲得

商標とは「商売として商品やサービスを提供する際に使用する名称やマーク」のことです。
商標の価値は、商標そのものにあるというよりも商標に結びつけられたビジネスの信用に由来します。例えば無名ブランドのスマホとiPhoneを提示してどちらを選びますか?と街角の人に聞くと、ほとんどの人が後者を選ぶでしょう。

引用:Unsplash

このように、ブランドの力によって無条件に顧客を大量獲得できると言う点で商標権は強い力を持つとともに、ブランドに社名をかける会社の天敵たる「コピー品」を取り締まることもできます。

しかし、この商標権というのは、実は大きな落とし穴を持つ権利なのです。
通常スタートアップは急成長を目指すので、TVやプレスリリースなどにより短期間で一気に認知を獲得することがあります。

引用:Unsplash

そうして認知が広がるほど当該サービスのネーミング・ロゴが多くの人の目に触れることとなり、それに伴って他の人に商標登録を先取りされてしまうリスクも高まります。
この際、他者の信用にただ乗りする形で、本人たちより先に商標出願してしまう脱法行為を抜け駆け出願・横取り商標登録といいます。
裁判で争うこともできますが、最悪の場合として商標権の問題でネーミングやロゴを変更しなければならなくなった場合、それまでに獲得していた認知量が大きいほど経営戦略やブランディングへの打撃が大きくなってしまいます。

商標権というのは

・特許と同じで先願主義=先に出したもの勝ちの権利
・テクニカルで内容の理解が難しい特許とは違い、ただそれ一つで価値のあるシンプルな権利

ですので、それだけ多くの人に容易に権利を狙われる・奪われる可能性も高くなるのです。

近年このリスクは海を越え、特に中国でビジネスを行う可能性がある企業にとっては無視できない事件が多発しました。
というのも、日本では著名ですが中国国内ではあまり知られていない名称が、商標として中国の第三者に勝手に登録されてしまうケースが増加しているのです。

引用:Yahoo!ニュース

例えば「有田焼」という商標が中国で登録されてしまったために日本の本家の有田焼がこの名称を使って上海万博に出品できなくなるという事件や、「無印良品」が勝手に商標登録され、本家本元の日本の無印良品が中国での「無印良品」の商標権侵害により損害賠償と謝罪を命じられるという事件が発生しています。

本来得られたはずの権利を簡単に横取りされ、レピュテーションや財政管理に大きな傷を負わないためにも、商標権の管理には目を光らせる必要があります。


番外編:ビジネスモデル特許

引用:Unsplash

ここでは、近年注目されているビジネスモデル特許をご紹介します。
よくある勘違いとして「ビジネスモデルそのものが特許になる」というものが挙げられますが、実際は「あるビジネスモデルを実施する際の技術的な工夫が特許になる」というのが正しい認識です。

分かりやすく説明すると、

例:ピザの宅配ビジネス
×特許にならない例:
注文をしてから30分以内に届けられなかった場合、ピザを無料にするというビジネスモデル
○特許になる例:
ピザを効率的に配達するために、どの配達先にどの順番で配達するかを計算できるソフトウェア

引用:ビジネスモデル特許の知識

と言うのがビジネスモデル特許の実態になります。

面白い例を事例を挙げると、いきなりステーキの事例が挙げられます。

●いきなりステーキのステーキ提供システム●
<発明の効果>

店舗スタッフが、客に提供するステーキを混同することなく提供できる

引用:いきなりステーキ公式HP

「顧客の要望に応じて好みの量のステーキを提供し、注文時に目の前で肉をカットする」という顧客体験を提供する当該店では、どのステーキがどの顧客のものであるかを、店舗スタッフが混同してしまう場合があります。
そこで、
「計量した肉の量とテーブル番号とを記載したシールを計量機が出力し、このシールを他のお客様のステーキと区別するための印として用いることで、店舗スタッフが、お客様に提供するステーキを他のお客様のものと混同することのないようにする」といった発明がなされたのです。

本特許申請においては顧客の案内・肉の調理・計量機を用いた料理の区別という提供プロセスそのものが、ビジネスモデル=いきなりステーキ流の商品提供を実施する際の技術的な工夫として認められました。

引用:いきなりステーキのステーキ提供システム ビジネスモデル特許の事例

UXとビジネスモデルを考慮して取得された「いきなりステーキ」特許は従来の飲食業界にはない画期的なものであり、同業態への参入障壁としても強力に機能しました。

なお本特許は2017年12月に一度取り消され、2018年12月に復活しています。「どんなものなら特許の対象となるか」を論点として争われた異議申し立ての一連の経緯も非常にインサイトがあるため、興味のある方はこちらをご覧ください。

このように、意外なアイデアがそのまま特許となり独占が行われている事例は実は多々存在するのです。


おわりに

昨年6月、岸田内閣は2022年を「スタートアップ創出元年」と銘打ち、同年11月には今後5年でスタートアップへの投資額を10倍に増やすとのインパクトある施策を掲げました。

本施策の最重要資料である経済産業省スタートアップ支援策一覧の目次を見ると、「知財」というワードが入る項目が69項目中11項目に及ぶと言う驚きの事実が分かります。

引用:経済産業省スタートアップ支援策一覧

日本スタートアップ業界は他国と比べて特許収入や使用率が低く、この事態を重く見て、上記の施策を打ち出したと言うのが2022年の岸田内閣の裏側の意図なのです。

国家主導でも知財戦略が推進されている現在、スタートアップ×知財戦略はビッグウェーブになりつつあります。
知財ビジネスが今後のスタートアップ業界をどう支えていくのか、今後も目が離せません。


文・リサーチ/八並映里香
クリエイティブ/池田龍之介


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