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新作映画『サマーフィルムにのって』レビュー

映画に憧れ、自分の作品を撮りたいとがむしゃらになっていたあの頃。小学4年の時に総合学習でグループに分かれてビデオカメラで何か撮ろうとなった時、自分が提案したのが時代劇だった。祖父と一緒に小さい頃から「暴れん坊将軍」を観ていて、チャンバラやあの世界観に憧れていたのだ。そんな子どもの頃、あるいは学生時代の気持ちを瑞々しく活写し、かつての記憶を蘇らせてくれる作品が松本壮史監督『サマーフィルムにのって』だ。


【ストーリー】

時代劇が大好きで、中でも勝新太郎に憧れる女子高生のはだし。自身でも時代劇を撮りたくてすでに脚本は書いてあり、親友のビート板とブルーハワイも応援してくれるのだが、主役を演じるのにぴったりな役者が見つからずなかなか映画を撮る決断ができずにいる。そんなはだしも所属する高校の映画部では、部長の花鈴が監督・主演も兼ねて胸キュン恋愛映画を制作している。コテコテな恋愛映画を受け入れられないはだしは、自分の時代劇も撮れず悶々としている中、偶然にも主役にぴったりな少年と出会い、彼と共に遂に撮影に踏み切ることを決断する。花鈴へのライバル心を燃やしながら、仲間達と共に映画撮影に夢中になる夏の日々。果たしてはだしの時代劇映画は無事に完成するのだろうか。


【レビュー】

キャラクター描写のうまさが際立っている。主人公はだしの真っ直ぐさや、時代劇大好きというユニークな設定はもちろんのこと、彼女の親友であるビート板とブルーハワイの存在が大きい。ビート板は控えめだが自分の好きなものに対する情熱は人一倍強く、はだしを必要としているように見えるが実ははだしの方がビート板を必要としているように思う。演じる河合優実は、そんなビート板の表面的な部分だけではなく、心の奥底に仕舞い込んだ感情までも踏まえた演技を見せており、作品の中で重要な役割を果たしている。ブルーハワイは剣道に打ち込み部員からも尊敬されながら、はだしとビート板との友情も大事にしている。観客に笑いを届けてくれるユーモアある存在であるだけでなく、彼女が持っているある一面が後半に向けて良いスパイスとなっている。胸キュンの恋愛映画を制作している花鈴に対してはだしが抱いている敵対心を、溶かしてくれるのがブルーハワイなのだ。

時代劇に執着するはだしは、周りから見たら異質な存在。ライバルである花鈴は同級生たちにも人気な恋愛映画を撮っていて自身も人気者。でも実は花鈴には、自分の作品に時代劇要素を取り入れたいと思ったら迷わずはだしに声をかけて、良いものはどんどん取り入れるという受け皿がある。逆に、はだしには自分の作品は受け入れてもらえないという先入観があり、恋愛映画に対しても嫌悪感を抱いている。この、恋愛映画vs時代劇という構図は、よくある自分の好みに固執して、自分の好みでないものは悪い、間違っているというような偏見に当てはまる。そうした対立を乗り越えた先にある融和を描いているところが、本作の優れている点。みんな違ってみんないいのだ。そしてチームの垣根を越えて協力した時に、自分一人では生み出し得なかったより良いものが生まれる。人は一人では生きていけない。

はだしの時代劇「武士の青春」の主演に抜擢されるのが、未来からやってきた凛太郎。なんと未来では、もう映画は存在しないと言う。このタイムトラベル設定がなかなかにぶっ飛んでいて作品の世界観を壊しかねないのだが、割り切って描いているので観客としても受け入れられるようになっている。それ以上に波紋を呼びそうなのがクライマックスシーンだ。

クライマックス、ここでは詳細は記載しないが、かなり思い切ったことをしている。突飛な展開に驚かされるが、個人的にはこれはあり。主人公の決断としては受け入れられるし、劇中に登場する映画とは切り離して本作『サマーフィルムにのって』としては最高の見せ場がラストにやってくる。堂々と人がぶつかり合うことで起きる化学反応は、テクノロジーが進化していく中で見失われがちな価値だ。そんなことをやってのけた本作は、日本映画の中でも青春映画の中でも異色な存在であり、それがこの映画を特別なものにしている。


【おすすめしたい人】

爽やかな青春映画が見たい

かつてモノづくりを志していたすべての人

夏を感じたい

時代劇が好き

ユニークな日本映画が見たい



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