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新作映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』レビュー

1969年、ニューヨークのハーレムで行われた"ハーレム・カルチュラル・フェスティバル"。真夏の強い日差しの下にも関わらず、のべ30万人以上の観客が参加し当時最高峰の黒人ミュージシャンたちのパフォーマンスを見届けた。しかし、その様子を記録したフィルムは誰の目にも触れることがなく眠り続け、50年以上が経った今遂に世界が目撃することになる!


【レビュー】

夏の暑さも相まって、最高潮にヒートアップした音楽ライブ。もしこれがこのまま永遠に封印されたままだったとしたら、人類史にとって悲劇的なことであっただろう。50年もの間眠っていたのが意図的かどうかは分からないが、とにかくこうして日の目を見ることができてよかった。歴史的な瞬間に観客も立ち会うことができる、貴重なドキュメンタリー作品である。

1969年はアメリカにとってどん底にあったと言ってもいい。公民権運動の真っ只中でありながら黒人指導者であるキング牧師が暗殺されたのが前年の1968年。ベトナム戦争が泥沼化し、社会的に反戦運動も激化。一方でアポロ11号計画により人類初の月面着陸がされたのが、この"ハーレム・カルチュラル・フェスティバル"中の7月20日。本作の中でも出てくるが月面着陸に湧く人々がいる一方で、貧困に苦しむ人々がいる。宇宙計画に国がかけている膨大な予算を、国内の問題にかけるべきだという意見が出るのも最もだ。そんな緊張状態において、黒人アーティストによる黒人オーディエンスのための大規模な音楽フェスは、エンタメの領域を越えた重大イベントであったことは間違いない。彼らの痛みや悲しみを癒し、怒りやフラストレーションを代弁し、明日を生きる強さと希望を与えてくれたのが音楽なのである。アーティストも相当の想いを持ってステージに上がっていたに違いない。

中でも卓越したシンガーであり、公民権運動家であったニーナ・シモンのステージには衝撃を受ける。「黒人たち、必要とあらば殺す準備はできてる?」という呼びかけは、前年のキング牧師暗殺を受けたやり場のない怒りから来ているのだろう。キング牧師は非暴力闘争を訴えていたが、そんな牧師自身が銃弾によって命を落とした。もう非暴力なんて言っていられない、必要とあらば暴力を持って自分たちを守らなければいけない。そんな悲痛な叫びとして受け取った。大事なのは人々が抱いているそうした思いを、ステージ上のアーティストが臆せず声に出していることではないかと思う。偉大なアーティストが悲しみや怒りを表現することで、同じ思いを持つ観客にとっては自分だけが苦しんだり泣いたりしているわけじゃないんだと思って、少なからず救われるはずだ。これこそがライブの意義なのだと思う。

当時の社会にはSNSなんてものはない。「イイね」と気軽にポチッと押すボタンもない。だからこそ同じ思いを分かち合うために、共感を実感するために、コミュニティを求めて一つの場所に集まるのだ。のべ30万人がステージを目撃し、きっと勇気や明日を生きる希望を与えられたことだろう。もしくは前向きになれなかったとしても、同じ痛みを分かち合う人がいることを知って少しでも救いを得ることができたのかもしれない。これは人々の心を動かした歴史的な瞬間であると、映画を観ていて肌で感じた。

 副題は英語で(...Or,When the Revolution Could Not Be Televised)、日本語タイトルにそのまま訳されている。まさに革命的な出来事が、これまで50年間封印されてきたというのに驚くしかない。もしこのまま眠り続けていたら、まさに悲劇だ。本作の中で実際にステージに上がったパフォーマーや、当時観客として観ていた人々のインタビューが登場するが、彼らを見ているだけでどれだけ重要な出来事だったのかが分かる。時を超えて、場所を超えて、1969年にタイムスリップする特別な体験。当時を一生懸命に生きた人々の姿を目の当たりにすることで、現代に生きる私たちも何かを得られるはずだ。


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