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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅱ 道東の霧 編 8

 朝からぶ厚い雲が空を覆っていた。
 目覚めはマシで、体調はいつも通りだった。
 シャワーのあとPCで天気予報を再確認する。今夜の宿は、ウトロから知床峠を越えた羅臼にとっていた。オホーツクそれも斜里辺りは時間帯にもよるがどうも空模様が怪しい感じだった。
 今日の最初の目的地は、当麻町のカントリーサインと道の駅だ。
 珍しく腹が減っていた。昨日ゆっくり休んだのが良かったらしい。
 国道39号線は本州の地方都市によくあるような道だった。国道沿いに並んでいるチェーン店はよくある業種ばかりで、違うのは道幅の広さに一店舗の敷地の広さ、それと今日は灰色の大きな空だけだった。
 思うのだが、チェーン店以外で朝飯をちゃんと食べられる店が、年々少なくなっている気がしてならない。東京時代は立ち食い蕎麦屋が結構何処にでもあって、大阪に戻ってからも工場地帯には一軒ぐらい個人経営の定食屋があった。ピンと立った白米と鰹節が薫る味噌汁が懐かしく思う。
 日本中何処にでもあるハンバーガーチェーン店で朝のセットを久し振りに口に入れた。平べったいイモの塩気が懐かしく感じる。俺も時代の流れに飲み込まれて生きていたのだと実感した。そして、もっと北の大地を感じたいのに何をやっているのだろうと笑えてきた。
 当麻町に近づくにつれ、景色は俺の思う北海道らしさに変化していった。永山新川に架かる牛朱別大橋を渡ると景色は完全に変わった。俺は旭川市と当麻町の坪単価の比較をちょっと知りたくなった。境目が極端だった。
 大きな雲だ。晴れていればと素直に思う。そして、俺は直線路に随分と飽きてきていることに気がついた。
 黒に近い深緑のでんすけすいかが入り口に並ぶ道の駅でスタンプを押して、俺はすぐに先に進んだ。
 フルーツ好きなら後ろ髪惹かれる所なのだろうが、一人旅の俺には一玉売りのでんすけすいかは無用なものだった。それに、この旅のどこかで、俺の口に入る気がした。
 俺にとっては何度目かわからない石狩川を渡り比布町に入った。しかし、すぐに愛別町に変わる。そして上川町へ。
すべて先週の金曜日に高速道路上で見たカントリーサインだった。流石の俺でも高速の路肩に相棒を停めてカメラを構えるなど出来ようはずがなかった。
 上川町のコンビニで冷えかけた身体を温めるべくホットコーヒーで休憩した。
 俺がまだ粋がっていた頃のコンビニ珈琲はまだ美味くなくて、自宅では手引きミルで引いた豆をサイフォンで点てて珈琲を飲んでいた俺は、それを美味いと言って俺の隣で飲んでいる朝井のことを“馬鹿舌が”と少し軽蔑していた。
 国道39号線に別れを告げて、紋別・遠軽と書かれている国道273・333号線へ進む。
 国道39号線をそのまま行けば、層雲峡を抜けて憧れの三国峠へと向かうのだ。ガイドブックやネットを見過ぎて、俺の中で三国峠に対する妄想が目一杯膨らんでいる。だから、東北へ渡る道内最後の地域・道南へ向かうための、果てしない空と広い大地に残る最後の一大イベントに残しているのだ。ここはじっと我慢だと国道273・333号線へ曲がった。左折する車両は皆無だった。
 前後どころか対向車も一台もすれ違わないままJR石北線と旭川紋別自動車道に挟まれながら先に進むと、二度、高速道路の下を潜った。高速を走るトラックの姿を発見して俺はまだこの世で走っているのだと実感するのと、俺が金曜日に通ってきた道の下がこうなっていたのだということがわかった。
 圧迫感を感じる空の灰色が、一層心細さに拍車をかけている。
 やっと国道333号線への分岐に差し掛かり、右折レーンに停まってダンプの車列が通り過ぎるのを待っている軽トラックを見つけた。
 対向で走って来る10トンや、ダブルのダンプにも運転手がちゃんと乗っていた。俺はこの世にちゃんと生きて相棒を走らせているようだった。
 進めど進めど、俺の進む先には人や車の姿が現れなかった。これほどの時間を、俺一人が立派に整備された国道を貸し切りに出来るなんて、なんという贅沢だったのだろうか。しかし生物には二度出会った。最初は子供の蝦夷鹿が二匹と、二度目は親子の蝦夷鹿がアスファルトの上で、何をしていたのかわからないがどちらも佇んでいた。それも相棒に気づくと、アスファルトに蹄を滑らせながら、慌てて笹の藪の中に消えていった。羆でなくて良かった。ただそう思った。
 長いトンネルを抜けてもまだすれ違わない。本当に俺は生きているのだろうか?そんな思いが再び頭に擡げる。もしかしたら、俺はとうの昔に死んでいて、生きていると思っているのは死後の世界にいるせいではないだろうか?時折頭に浮かんでは否定する思いが、長い坂を上って来る対向車の軽トラの姿を見つけるまで、頭の中を支配していた。
 道の駅香りの里たきのうえに辿り着くまでに、対向車は十台にも満たなかった。人家が現れて、伽奈に連絡しなければと思った。
 スタンプを押してすぐに出発する。中の暖かさが羨ましかった。
 旭川からずっと途切れることのない巨大な雲の下、滝上町からオホーツクのある紋別市に進んで行くと、関西とは違い、風もないのに山間部よりも海辺へ近づく方が寒いという今までに経験のない感覚を感じた。
 寒さと尿意に負けて中渚滑で右折し、道道713号線・中渚滑紋別線を進んで道の駅オホーツク紋別までショートカットした。
 もう六月の終わりだというのに春先の琵琶湖岸のように寒かった。だが、これ以上着込む服はなかった。カッパは着たくなかった。
 道の駅の前に広がるオホーツクの海は、とても悲しい色をしているように俺の目には映った。
 どうも、心が弾まない。彩香と伽奈の問題に首を突っ込んでいるからではなく、空を覆いつくしている灰色がそうさせているのだ。
 それでも楽しまなければ損だ。今日という日も、今という時間も、現在にしかないのだから。そう思い直して俺は、紋別市のカントリーサインにも描かれているカニ爪のモニュメントで相棒の記念撮影をして、なんだか北海道の一部を制覇したような気持ちの昂りを覚えた。これは全国制覇を目指した武将の気分だろうか?気持ちの良いものだった。今夜、今まで制覇した市町村をチェックしてみようと思った。
 道の駅のある海沿いから国道に戻った。よく考えたら、これで今日の予定は終了だ。あとは国道を238→244→334号線と、ただひたすら進んで行くだけだ。今のところ、出だしの一速の滑り以外に不具合はない。厚く灰色の雲が恨めしかった。
 常呂町に入り相棒の腹を満たし、俺も名産のホタテを食わす店でホタテ定食を食べた。
 北海道に渡ってから、俺は貝が特に気に入っていた。釧路のかど屋のつぶ焼きが決め手になったのだが、北海道で食べる貝は新鮮で臭みがなく美味しかった。大阪にいる時には貝を好んで注文する。そんな気分になることは一度もなかった。貝よりも魚。魚より肉だった。ガイドブックに載っていた店なので、値段がこんなものなのかは疑問を持ったが、刺身のホタテが甘くシャキシャキしていて旨かった。フライや煮物も旨いが、小さなホタテが入った味噌汁が一番旨かった。
 満足のまま店を出ると、やっぱり寒さが身に応えた。
 能取湖、網走湖と過ぎて、感動の径の看板を横目に、俺はやはり美瑛の丘の方が好きなことを思い出していた。
 最初に笑顔が浮かび、それから色んな表情をした彩香が浮かぶ。
 濤沸湖横の素晴らしい異世界感ある風景も、今日はそれほど感じなかった。
 時々、シールドに水滴がつく。カッパを着るのは勘弁だ。そんな思いに俺は支配されていた。
 天に続く道を終点からスタートするか迷ってみたが、この寒さと空の下では気持ちは一向に上がらなかった。それに俺は、直線路に飽きがきていることを今朝実感したのだ。
 斜里川を渡ったところで小雨が降り出して、対向から来たライダーが路肩にバイクを停めてカッパを着こんでいた。
 俺は先の交差点を左折して、道の駅しゃりで少し雨宿りすることにした。
 線路を渡ると雨は止んだ。バックミラーに映る景色は白い。線路の先の国道はかなり降っているようだ。
 道の駅の駐車場に相棒を停めて、タンクバッグにカバーをかけるついでに中から地図とペットボトルのお茶を取り出して建物の入口に向かった。そうしているうちにもポツポツと粒が降ってきていた。
 入口近くに停まっていた、テントを積んだ長崎ナンバーのホーネット250の中年ライダーが声をかけてきた。 
 「こんにちは」
 「あっ、どうも」
 「どちら方向から来られたんですか?」
 俺は、彼の求めている答えを推測した。
 「紋別……、網走方向、上から下って来ました」
 「そうですか」
 彼の知りたいことは違ったようだった。
 「どちらへ向かうんですか?」
 「神の子池に行ったあと、道の駅さっつるで温泉に入って、清里のキャンプ場に行こうと思っているんです」
 「そうですか。イイですよ、神の子池は」
 「行かれたんですか?」
 「ええ、先週の……」
 そこまで言葉にしたところで大粒の雨が降り出した。
 俺はすぐ傍の建物の入口にある久の下に逃げ込んだ。彼も俺につられるように逃げ込んだ。
 空を見上げると雲の切れ間に青空が見えていたが、西から東へ流れる雲の流れから、あと少しの間雨は止みそうになかった。けれどもその先は、雲の色が白かった。三十分もここにいれば、上手くやり過ごせそうだった。
 「ちょっと止みそうにないなぁ」
 「そうですかねぇ……」
 「じゃ、気をつけて」
 雨脚が強くなる中、俺は建物中へドアを開けて逃げ込んだ。
 この前来た時と中は何ら変化はなかった。
 展示物をしっかり読むと、斜里ねぷたは、青森の弘前と交流があって始まったものだと知った。
 彼はバツが悪そうに俺に近づいてきた。
 「ちょっと、聞いてもいいですか?」
 「はい。僕にわかることなら何でも」
 そう答えると、彼は勝手に自分の旅のことを話し出したあとに、矢継ぎ早に俺に質問した。
 長崎から初めて北海道に走りに来たこと。舞鶴から小樽に上陸して、北海道を時計回りに進んでいるのだが、そろそろ明日の帰りの便に間に合うように小樽に向かって進まなければならないこと。そして今日の雨の具合。
 俺は包み隠さず知っていることを彼に話した。
 と、言っても俺も北海道初心者で、俺が彼にアドバイス出来ることは、神の子池に向かうには凸凹道を気を張って走らねばならないことと、今日はカッパを着て走った方が良いということぐらいだった。明日の朝、清里のキャンプ場を出れば、夕方には小樽に着くのだ。
 雨脚が弱まったところで、レインウエアを着こんだ彼は出発した。
 俺は小雨に濡れながら彼を見送った。無事に旅を終えることを祈りながら。
 まったくもって不可解だった。この俺が、見ず知らずのおっさんの旅の無事を祈るなんて。水槽の中のクリオネが笑っている気がした。
 雨が止んで、俺は自分の旅の行く末に、お天道様が光り輝く空を求めた。
 けれど、この前よりも道は険しく厳しかった。オシンコシンの滝だって、俺を遠巻きに見ているだけだった。何も楽しくはなかった。
 ウトロの街で今晩の酒とツマミを買い込んで白く隠れている知床峠へ挑んだ。
 上れば上るほど視界は白になった。霧だ。釧路で出逢って以来、霧が俺に纏わりついている気分だった。
 峠を越えた駐車場には、霧の中観光バスが何台も停まっていた。
 展望台から見える下界には白しかなかった。それなのに、バスから降りた皆は、何故だかその白を見ていたのだ。
 一つカーブを過ぎて一段下に進むと、ぼんやりと白の向こうに国後島が見えていた。これを見るために皆、バスから降りて見ていたのだと気がついた。
 宿は峠の麓近くにあって、霧はもうなかった。荷物を降ろしてから俺は熊の湯へ向かった。
 ふと思った。そうか、俺は今日、生まれて初めて、日本にいながら外国を見たのだと。
 今までの俺の辞書には海外旅行の文字はなかった。知り合いの組長が「ハワイやフィリピンに行ったら、好きなだけチャカ弾けるど」と話していたが、俺は組の射撃場にもなる冷凍倉庫を持っていたので、わざわざ海外へ出向かなくても好きな時に好きなだけ撃てた。
 初めて見た外国の景色が国後島だなんて、釈然としない気持ちが胸の中で渦を巻いていた。返還など、夢のまた夢だろう。
 熊の湯は、とても野趣溢れる湯だった。羅臼川の畔に作られた野天風呂だ。
 地元、羅臼の住人と会話をしながら、正に裸の付き合いがそこにはあった。
 漁師だという威勢のいい兄ちゃんと会話しながら、俺は熱過ぎる乳白色の加水されている比較的温度の低い場所を陣取って熊の湯を堪能した。
 もう四十年以上毎日ここに来ていると言ったじいさんが急に別れを告げて、俺も湯船から出て掛け湯をしている時に声をかけられた。
 「タイヤ交換出来たみたいだね?」
 旭川のショウちゃんと同じ顔を持つ札幌ナンバーの彼だった。
 彼の胸板には密林の胸毛があった。腕にも上腕にも肩にも。
 「あっ」
 言葉はそれしか出なかった。
 「見たことあるバイクだなって思ってたら」
 「はい、お陰様で。後タイヤの交換どころか、前もクラッチも直しました」
 そこから先は、何処で交換したのとか、調子はいいのかとか、俺の旅のことを彼は訊いてきた。
 俺はこの前の礼を言って、後タイヤを帯広で交換したあと、ウトロまで来たのだが、クラッチとマフラーステーの溶接部が取れて、旭川のショップで前タイヤの交換も含めて修理してもらって、やっと知床峠を越えて来たことを話した。
 士幌の道の駅で親切にしてくれた男は、湯船に浸かりながら大笑いして「それは災難だ」と言った。
 「で、明日は何処に泊まるの?」
 「さぁ、行けるとこまで行って考えます」
 「羨ましい。野付とか根室とか、俺もまだバイクで走ったことがないんだよね」
 「そうなんですか?」
 「そうよ。今日だってこのまま清里の友達の家に泊って、明日は札幌まで帰るんだ」
 「ご兄弟には?」
 「何?あんた、ショウキチと会ったの?」
 「阿寒のショウちゃんですよね。釧路の『ピリカヌタイ』で」
 「ああ、おばさんとこで」
 「ずっと、ショウちゃんのことを何処かで見たことのある顔だと思ってたんです。てっきり、何処かに飾られていた絵に描かれてあったアイヌの人だと思っていたんやけど、旭山動物園でシマフクロウを見た時に思い出して」
 「フクロウ?」
 「はい。アイヌコタンでアイヌの人にシマフクロウの話を聞いたもんで」
 それから俺は自己紹介をした。
 札幌ナンバーのロードグライドの彼は、浦見恭平といい、猟師の彼は浦見正平という一卵性の双生児だという。兄が目の前にいる恭平で、ショウキチと呼んでいたのは弟の正平のことだった。
 浦見恭平は、札幌の北二十四条の駅の傍でIT関係の会社を経営しているらしく、盆休みは社員が休みを取るのでその前に分割で休みを取り、今回はオロロンラインを北上して稚内で一泊して、今朝稚内を出発して400キロ以上を走って来たのだと言った。
 俺は呆気にとられた。
 恭平は札幌の街の中にいると息が詰まると言い、走っているだけでストレス解消になると言った。
 「いつまで走るの?」
 「さぁ、一応、北海道全179市町村を制覇したら、青森に渡ろうと思っています」
 「へーっ、札幌には行ったの?」
 「札幌には行きました。けど、また札幌に行って羊蹄山の周りの街を走り回らんとあかんのですわ」
 「あかんのですか」
 「あかんのです」
 そう言って二人で笑った。
 恭平と入れ替わりで俺が湯船に浸かった。
 俺は恭平からオロロンラインの情報を仕入れた。ウニ丼が旨い店があるのと、稚内にいい炉端の店を教えてもらった。それと稚内で安くて良いホテルのことも。
 しばらく談笑してから浦見恭平は湯を出た。そして帰り際、「札幌に来るときは電話して」と言うと、名刺を脱衣所の俺から見える位置に置いて清里へ向かった。
 湯船横で掛け湯をしていても恭平のロードグライドの排気音は充分に聞こえた。いい音を出している。
 名刺には手書きの携帯番号が書かれていて、『御安全に』と添えられていた。
 大切に財布にしまった。
 宿に戻るにはまだ明るかった。だから、宿を通り越して羅臼の街を流してみた。海の向こうに見える島が国後島だ。ロシア語では何という名前が付けられているのだろうか?未だに自衛隊の駐屯地が多くあるのも頷ける。
 静かな町のセコマでサッポロクラシックを一本買って宿に戻った。
 買ってきた一本をぐっと飲み干してから宿の温泉にも浸かった。熊の湯と同じ乳白色だった。今までの旅の疲れが抜けていく感覚があった。
 部屋に戻ってテレビを点けた。そして、酒盛り前に伽奈にメールを送った。彩香には君と会う気があると。
 リングプルをプシュッと開けて、夕方の全国ニュースを見ながらPCを立ち上げる。原発賠償金詐欺で新たにスナックのママが捕まったと報じられた。これが徳永の話していた北里が捕まった詐欺事件か。旭川へ行ってから開けてなかったメールボックスを開けた。二十件ほどある中で、見たことのないアドレスのものが混じっていた。
 題名は日本語で「写真です」とあった。
 恐る恐る開けてみると文章はなく、知床の観光船で撮った写真が送られて来ているだけだった。一枚目、二枚目は普通だったが、三枚目の彼女は俺の頬にキスしていた。あの時の柔らかい感触は唇だったのかと、写真を見て理解した。最後に英文が一行だけ書かれてあった。
 「二日前から連絡がとれなくなっている台湾からの旅行者、徐郁雯ジョ・ユーエンさんは未だ見つかっておりません」 
 ニュースキャスターの言葉に俺は画面に釘付けになった。
 映し出されているのは彼女の笑顔だった。
 「今のところ、根室で徐さんの足取りが途切れているのですね?」
 「そうだったんですが、先程、警察の発表がありまして、四日前の朝、根室駅から根室本線で釧路に向かったのが確認されたということです」
 キスの写真の下に、唯一書かれていた英語の一文をネットで和訳した。
 It was nice to meet someone like you on my last trip
 『私の最後の旅で、あなたのような人に出逢えて良かった』
 俺には学がないので、この英文がどのようなニュアンスであるかはわからなかったが、彼女が親指を立てて「すべて、捨てて……。ワタシも同じ」と淋しそうに笑っていたのを思い出した。
 彼女も俺と同じ、死ぬための旅をしていたのだ。
 もしかしたら、これが彼女の最後の文章なのかもしれない。そう思って送られてきた日付を確認した。三日前の二十三時十五分に送られて来ていた。
 どうすべきなのかを考えた。考えて、考えて、呑んで、考えて、呑んで。
 いつの間にか、ワインが一本空いていた。残りは500のビールが一缶だけだった。
 ガラ携が震えてメールの着信があった。伽奈からだった。もうすぐ仕事が終わるので電話すると書かれてあった。
 俺はいったい何をしているのだろうと自問自答が勝手に始まった。俺以外の誰か他人と接する度に始まる一人脳内会議だ。
 この旅は俺だけのもののはずだった。それなのに色んな人間が絡んでくる。桜井彩香も、橋口伽奈も、浦見の双生児も、台湾の徐さんも、オンネトーで出会ったKAWASAKIの青年も、宿の設備係のじいさんも、俺にとって意味のある出会いなのだろうか?無論、一人で旅をしているからといって、誰とも触れ合わずに済むとは考えてはいない。自給自足の生活だって、自分で作れない道具は誰かの作ったものを使用するし、それを買うには金が要る。金を作るためには誰かと触れ合わなければならない。この世で誰とも関わらずに生きることなど出来ないのだ。
 だけど、俺はただ、憧れの北の大地を相棒と走り抜け、綺麗な風景、旨い酒、旨い食い物達と出逢い堪能する。それだけが目的だった。旅が終わればどう自分自身で最後を決めるか?それを考えるための旅でもあるはずだった。だが、それももうすでに決まっている。朝井に無断で持っていかれた物の代わりは手に入れてあった。だから、旅が終わったあとどの時点で終わりにするかは俺の気分次第だった。今は旅を存分に満喫する。そのはずだった。
 旅の日々を重ねて俺は、やはり生きるための何かがなくなっているのだと再認識した。これほどの虚脱感に包まれながら生きるのは、自分自身のことだけでも精一杯で、日々苦しいものなのだ。それなのに、気持ちが動かされて甘い薫を欲したり、無欲の優しさに毒されて死ぬことへの恐怖や躊躇いが生まれてきそうになったり、まったくもって俺には不必要だと思っていたことに巻き込まれるのは、忘れていた気持ちや考え方を蘇らせていた。それも辛かった。
 この写真の中で笑っている彼女は、最後の地を釧路に決めたのだろう。そう思った。
 俺はガラ携で電話をかけた。相手がなかなか取らないので切ろうと思った時に相手が出た。
 ――どうしました?――
 「今さっきニュースで見た。台湾の徐さんのこと」
 ――ああ、今、連絡がとれなくなっているという旅行者のことですか。あなた、知っているのですか?――
 「ああ、最初に会うたのは二週間ほど前や、釧路のノロッコ号で出会った。それから六日前、ウトロの知床半島の観光船の中で会うた。その時に取った写真が、三日目の晩に送られて来てた。テレビ点けてメールチェックしてたらニュースや。彼女はもう自分で命を絶ってるかもしれん」
 ――詳しく話してくれませんか?――
 津田光一郎の声が刑事のそれになっていた。
 詳しく最初から俺は津田に話して聞かせた。それからもう一度、津田の主導で同じ話をさせられた。いつものことだった。
 ――そのメール、こちらに送っていただいてよろしいですか?――
 俺は新たにフリーメールで新たにアドレスを作ることが少し億劫だったが、彼女の最後の笑顔かもしれないのだ、億劫などとは言ってられない。
 三枚目はそちらで上手く処理してくれるよう津田に頼むと、「もし徐さんの死亡が確定したら、遺族のことをちゃんと考慮します」と津田は言った。
 俺は津田を信じてこのメールをコピーして送ることに決めた。
 ――ところで今夜は羅臼の温泉にでも泊まっているのですか?――
 「そうや。熊の湯良かったよ」
 ――羨ましいです。私も休暇が貰えれば温泉にゆっくりと浸かりたいものです――
 「休みないの?働き方改革とかで変わらへんの?」
 ――我々には関係ありませんよ。事件が起きたらいつ何時でもです――
 キャッチホンが鳴っていた。
 「ごめん、キャッチ入ったわ」
 ――わかりました。また係の者から連絡があると思いますが、よろしくお願いします――
 「うん、わかった」
 ――それと……――
 「何?」
 ――獅子王さんは死なないで下さいね――
 「えっ」
 ――あなたは朝井に裏切られたと話していましたけど、ちょっと気になって私なりに調べているところなのです――
 「何かわかったんか?」
 ――いえ、まだ。正式な捜査ではないので――
 「あんまり、変なことに首突っ込んで下手だけは打たんといてな」
 ――それは重々承知しています。では――
 そう言って津田は電話を切った。
 もうキャッチホンは切れていた。俺は伽奈へ掛け直したが出なかった。
 ニ、三分して伽奈から掛かってきた。
 「ゴメン、電話中やった」
 ――あっ、すみません。本当に彩香ちゃんが会ってくれると言ったんですか?――
 「うん。まだ予定が出えへんみたい。予定が出次第また連絡するわ」
 ――はい、わかりました。ちなみに、誠さんは今、何処にいるんですか?――
 「羅臼」
 ――えっ、まだ羅臼なんですか――
 ここは恩着せがましくした方が良いと思った。
 「そう、こんな話、彩香ちゃんに直接会って話をせなあかんって思ったから、まだ羅臼」
 ――そうなんですね。ごめんなさい。私のために――
 「彼女、多分、君に会うのは今回一回こっきりやと思うわ」
 ――えっ――
 「君が何処に住んでるのか聞かないし、私が何処に住んでるのかも言わないで欲しいって言うてたから。だから、そのつもりでいてな」
 ――は、はい――
 「たぶん、会えるのは週末になると思うわ。いつの週末かは、まだわからんけど。場所は、俺の都合もあるから、決まったら何処でも大丈夫やんなぁ?」
 ――はい。何処へでも行きます――
 「良かったなぁ、相手が生きてて、謝罪まで受け入れてくれるって。奇跡みたいなもんやで。相手に感謝して謝罪せんとなぁ」
 ――そうですね。良かったです――
 そう言って伽奈は電話口ですすり泣いた。
 「謝罪を終えたら、前向いて生きていけるようになるやろ。また連絡するわ。けど、相手の気持ちは揺れ動き易いやろうから、終わるまで気を抜かんといて。ほな、また連絡します」
 ――はい。待っています――
 俺は伽奈の最後の言葉を聞いて電話を切った。
 テレビでは連続ドラマが流れていたが、俺にはただ見栄えのいい男女が動いているだけのものだった。旅に出る前まであれほどテレビを見ていたのに、旅に出てからは見る機会も減って、関心も沸いてこなかった。それは不思議だと自分自身思った。
 PCを閉じようとENTERを押すと、徐さんの笑顔と目が合った。
 もし、彼女ともっと密接になっていたとしたら、彼女が自ら命を絶つという行為に対して、俺はどんな感情を生み出していたのだろうか?俺が命を絶つ時の周りの気持ちの揺れ具合を含めて想像してみた。だが、画に浮かばなかった。それに、彼女自身の安否が確認されていない以上、想像することなどナンセンスだった。
 とても優しい、良い笑顔だった。

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