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縦と横がしっかり設計されている「えんとつ町のプペル」

12月に公開になって以来話題に事欠かない「映画 えんとつ町のプペル」。
なんだかんだ言ってこの映画はベースがしっかりとしている。
だからこそのヒットであって単に信者の努力の賜物というわけではない。

よく西野さんが前提として圧倒的なクオリティが必要、という話をされるがそれ自体が疑いようのない事実であり、客観的に見ても「映画 えんとつ町のプペル」はそれを満たしていると言っていい。

ストーリーを組み立てる能力とそのストーリーを表現する能力は別。

ロザンの楽屋で菅さんがそんな話をされていた。

例えば文章を書く場合、まず文章を構成する能力、数学で言う命題に対して解を導く能力が必要だということ。つまり一つの命題がどんなプロセスを通過してどういう結論に至ったのかをまとめる力。これが数学力。

そしてその命題からプロセスを経て結論に至るまでをドラマチックに肉付けする能力。これが国語力。

この二つの能力が必要なのだけれど、大前提として数学力つまり構成力が無ければ表現だけ美しいものにしたとしても論点がズレてしまう。
たしかにそう思う。


文章に限らずの話で何かを作るということはそういうことだし、例えばフィギュアスケートの得点評価にも技術点と芸術点があるというのもそういう話だと思う。

数学と国語と言ってしまうと思考が限定されてしまう可能性はあるが、ここで言う数学はあくまでもゴールに向かう方向であり、国語とはそれを豊かにするためのツール、つまり縦軸と横軸なんだと思う。

僕は文系人間なので表現に重きを置いてしまって結論が見えなくなってしまうという状態にしばしば陥ることがある。
しっかりとした縦軸が無ければ結論がブレてしまうというやつだ。

そうならないように構成を考えながら僕もnoteを続けていきたいと思う。


さて、冒頭で紹介している「映画 えんとつ町のプペル」だが、この縦軸と横軸がきっちり出来上がっている。クオリティ自体間違いないし、映画自体を届ける努力を西野さんが最大限で実行されている。

映画は国内興行収入ランキングで公開以来、今までトップ10内をキープしているが、そろそろ公開2か月を迎えたので上映終了の映画館も出てくる時期になる。

現在、副音声の第2弾が公開されており西野さん曰く「ひたすら喋り続けている」そうなのでリピーターの方におススメ。
初見の方は副音声ナシで映画に集中してくださいとのこと。

まだの方はお見逃しなく!



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