小さなうねり。だけど確かに広がっている。17%の壁はいつこえるのだろうか。

1945年第二次世界対戦終戦。その後は朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン侵攻、冷戦など様々あれど、大きな戦争という意味では1945年は一つの節目(何をもって大きいというかは人それぞれだが)。

そこからまだ75年しか経っていない。
それまでは何かと何かの対立による勝ち負けの上に歴史が積み重なってきた。つまり、それまでの人類史上勝ち負けによる価値観というものしかなかった(少し語弊はあるかもしれないが)。

高度経済成長を経て、バブル崩壊。
終わりの見えない閉塞感のある不景気に突入。
株価は上がれど好景気の実感はなく拭えない不安感。

こんな時代だからなのかわからないが、昨今、テクノロジーの発達とともに広がってきているものが「シェアリングエコノミー」。

シェアハウス、シェアサイクル、シェアレンタカーなどなど。服の貸し借りも。そして、お金も仮想通貨技術の台頭もあってか今までのパラダイムから大きく変わった貨幣価値が生まれたり。

貯めることが美徳というスタンスから使われることで増えていく地域通貨があったり、ありがとうでつむいでいく通貨だったり。色んなものが生まれてきている。

今までの資本主義経済からフェースが変わる新しいパラダイムを内包した経済や社会にグレードアップしていく過渡期の手前にある感じがしている(まだまだ大きなうねりにはなってない)。

売上を上げ続けることが是ではない企業経営。
競争をやめた企業経営。
数字指標を廃止した企業経営。

企業経営も新たな段階に変わってきているところもある。ちょうど今、社会の変化が目に見えて少しずつ変わっていく時代のうねりの節目にきているのかもしれない。僕たちは目撃者でもあり、当事者でもある。

今日触れたギフトで生きることを体現しているおもしろい方。自分もギフトを提供し、ギフトを他者からいただき、ギフトが循環しながら普通に生活をしている。なんなら充実度がすごい。

自分のギフトをいうこと。
自分のギフトを広めてもらうこと。
惜しげもなく自分のギフトを提供すること。
そして何よりギフトをありがたく受けとること。

これによって循環して生きていけることを知り、衝撃的でもあった。何かを手放すことで生まれたスペースに必要なものが飛び込んでくる感覚なんだな。わかる、そういうことは何度かあったから。

こうだ!と決めたらぶれずに腹を据えて生きてみる。
ダメなら変えてみたらいい。
そんな風に自分も生きていきたい、
そんな風に思うのであった。。。

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