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ブラン氏の肖像 第一章「出会い」

ある時、私は、上野恩賜公園にある国立西洋美術館の二階を訪れた。

そこにある絵画たちはどれもノスタルジックでエキゾチックな印象派の絵画たちであった…。

モネ、ルノワール、コロー、クールベ、ドーミエ、そしてエドワール・マネである。

この絵を目にした時、私は心になんとも言えないノスタルジアを感じた。

もし前世があるならばそこで出会ったことのある人間を前にしているかのように…

そしてあるいはこの絵がまるで本物のように生きていて今私と直接対話しているかのように…

不思議な感覚に囚われた。私はその絵の前から二時間、動くことができなかった。

あくる日、またこの絵を観に訪れた。私は心の中で絵に話しかけるようにして言った。

「ブランさん、お元気ですか?私は元気です。ブランさんのいるフランスはどんな所ですか?」

心の中でブラン氏から答えがやってくるのを待った。

しかしそれは訪れなかった。私はまた絵にじっと見入った。

そして彼、ブラン氏がどのような人生を送っているのかについての妄想を頭の中に張り巡らせた。

絵画との対話の醍醐味はここの部分にあると思うのは私だけだろうか。

「ブラン氏はきっと、お金持ちなんだろうな。そしてきっと我々現代の人間を見張る為に絵画としてこの世界にやってきたんだろうな…。お子さんは二人いて幸せな家庭を持っている。そして暇だから画家の人たちのモデルになっているのだろう…。」

そんなことを考えているうちに何故かブラン氏が少し笑ったように思えた。

ブラン氏との対話はそれ以上に続いた。

友達の明日海ちゃんと一緒に美術館を訪れた際も私はブラン氏の前から動かないので彼女は少し不思議そうな表情をしていた。

ある日、私は本気でブラン氏と対話できはしないかと思い、国立西洋美術館の出口にあるロダンの「地獄の門」の前で神に祈った。

「神様、私はあの美術館の二階にあるブラン氏と直接対話してみたいんです。どうかこの願いを叶えてくれませんか…?」

地獄の門はなんだか恐ろしかった。しかし同時に私は神様が微笑みかけてくれたかのようにも感じた。

翌日、私は変な夢を見ているのを感じ目覚めた。ブラン氏と対話し、一緒に絵の中に入っている夢を…。

大学のレポートが忙しくあまり美術館にも顔を出せなくなった。

季節は秋になった。

紅葉が散る上野恩賜公園で私は少し散歩をしながら論文のテーマについて考えていた。

三年次から始まるゼミのこともあるし、どうにかして今自分の将来について真剣に考えなきゃな…。

私は当時上野からそれほど遠くはない日暮里にあるカフェでアルバイトをしていた。

そこは18世紀のロマン派のパリにあるような世界を表現したカフェであった。私はもう2年そこで働いていた。

自分の将来に思い悩むのも度々あり、私は自分の意識が勉強していることに向いているのかそれ以外のことに向いているのかわからなくなってしまうことが度々あった。

その度に私は上野恩賜公園にある美術館を訪れ、その後、噴水の前のベンチで夕日が落ちる頃、本を読んだり、街頭の下に照らされながら、考え事をするのであった。

ある日、秋の風が吹く11月のことであった。

いつものように夜も更けた頃にベンチに座っていると、深く長い帽子をかぶったやけにしっかりとした服装の男性が来て横に座った。

ちらっと顔を訝し気に見てみると、どうやら外国の男性のようであった。

年齢は50代くらい、顔は優し気でなんとなくどこかで見たことのあるような…。

はっとした。私は驚きのあまり何も言葉を発せなかった。いつもなら隣に座った人には自分から挨拶するのだが、今回はそんなことできるはずもなかった。

なぜならその男性は、あの国立西洋美術館の絵画、「ブラン氏の肖像」のブラン氏と酷似していたからだ…!

本を懸命に読んでいるフリをした。街頭の光だけで文字の見えるのも疎らなのに私は一生懸命に本を読んでいた。その本の題名はジャン・ポール・サルトル著の「嘔吐」であった。難解で哲学的な内容の本を読むたびに自分自身がよくわからない世界へと足を運んでいるのを自覚しながらも…。

彼は突然、私に話しかけてきた。

「君、そんなに一生懸命どうしてその本を読んでいるんだね。その本はそんなに大事な事を教えてくれるのかい?」

私はふっと顔を上げた。条件反射のようであった。

「え、、、、っと。いえ。あの、この本は大学の哲学の授業の課題で出されたものでして…」言葉がつまった。

彼は優しい微笑みでもう一度私に笑いかけた。

「へぇ…君は哲学を学んでいるんだね。美術は好きだろう?それは私にもわかるさ。」

私は驚いて顔を上げた。まさか…そんなことがあるはずがない、心がそう伝えている。

私は言った。「どうしてわかるんですか?」

彼は、立ち上がっていった。

「君はよく、美術館を訪れているだろう。そのスケッチブック僕にはわかるんだ。僕もかつて美術館を訪れて必死に絵の模写をしていたからね。」

私はベンチの横に置いていた使い古したスケッチブックに目をやった。

そう、私は外語大生だがアーティストに心から憧れたまにここに来るとロダンの石像などの模写をしていたのだ。それとこの噴水の風景も。

彼は言った。「ははは、僕に見透かされたのは悔しいかな?」

私は言った。「いえ、悔しくはないです。だけど、どうしてあなたはここにいるのですか?何か用事があって?」

彼は考え込むようにして言った。「ここにいられると困るかい?その読書の邪魔になるかな?おやサルトルを読んでいるんだね。僕の母国の人だね。」

母国・・・・彼はフランス人なのか・・・?

私は聞いてみた。「あなたはフランス人なのですか?」

次回に続く。