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独学で大学受験 42 続く2人

第一子は三重大学生となり、第二子は1浪中に爆上げの気配、結果はわからないけれども京大合格も現実味を帯びてきた。

わが家は4人の子どもたちが、4人とも、完全独学でやってきた。第三子と第四子のことにもふれよう。

第一子は小学生の間、ほぼ6年近い勉強のブランクがあり、受験前に1年半のブランクがあった。第二子は中1から高2夏にかけて、3年ほどのブランクがあった。第二子は、高校の勉強を始めたのが高2の9月である。

学校に行っていれば、第一子のブランクも第二子のブランクも致命的だろう。国立大学受験など夢のまた夢だろう。ホームスクーリングだからこそ挽回できた、といえばそうなのだが、ホームスクーリングさえやっていればブランクを挽回できるわけではない。幼少期からの絶大な土台づくりによるものだ。大量の読み聞かせ、大量の読書、大量の書き写し。これがなければ、第一子も第二子も苦しい状況で社会に出ることになったと思う。

第三子、第四子は、勉強のブランクがない。

でも、第四子は、勉強のスタートが遅れた。小学1年生で、独学ができなかった。参考書を読んで理解することができなかった。第一子、第二子、第三子は、小学1年生でふつうに独学ができた。第四子は、小学1年生から、大量の読み聞かせを始めた。1年ほどで、独学ができるようになっていった。このへんのいきさつは「独学で大学受験 27 まだ遅くないぞ!」で詳しく書いた。第四子は勉強のスタートが小学2年生になったが、それ以降はブランクがない。

第三子は、スタートが早く、ブランクもない。しかも読書量が想像を絶する。書き写しや創作もたくさんこなし、高2年齢の現在までに7000枚以上書いたのではないか。模試の成績もものすごい。

第四子は、スタートが遅れたものの、小学高学年あたりからは読書量が猛烈にふえて、書き写しや創作の量も大きく増えた。模試の成績は第三子ほどではないが、かなりのハイレベルにまで上がってきた。

わが家は受験を意識した勉強ではない。勉強は楽しんでやってくれたらいい。学校に行っている子たちには、勉強は苦行でしかなく、楽しむなんてとんでもない、という人も少なくないだろう。

ほんらい、勉強は楽しいものなんだ。知らないことをわかるようになったり、できないことができるようになったり。点数を他人と競うのが勉強ではない。テストの点数は目安にはなるだろうが、学力のものさしとして絶対ではない。

第三子も第四子も勉強を楽しんでやっている。

先日、歌舞伎を見に行きたいというので、京都の南座へ連れて行った。受験生である第二子も一緒に行きたいと言うので、連れて行った。さて、理解できるかどうか、と思っていたが、すごくよかったらしく、公演終了後、ショップで歌舞伎グッズを買っていた。小遣いでグッズを買うということは、心底たのしめたのだろう。

次も行きたいと言う。9月公演のチケットを買った。知らないお話なので、脚本を買った。原作は近松門左衛門とあるので、わが家にある蔵書のうち、岩波の日本古典文学体系でさがすと、ちゃんと収録されている。もちろん、古文だ。

万事、こんな調子で、勉強もレジャーも一緒になっている。

第一子、第二子が大学受験に必死に取り組むものだから、第三子、第四子も大学受験を意識する。上2人が大学へ行くから下の2人も大学へ行けと言ったものではない。大学へ行くかどうかも自分で考えて決めるべきだ。どのような人生を拓きたいか、自分で決める。親は相談にはのっても、キミたちの人生を決めたりしない。

本人たちはたぶん大学受験を希望するだろう。第三子、第四子が2人だけで京大へ遊びに行き、京大生と交流を楽しんだりしている。第二子は受験生なので、第三子、第四子が2人で行動することが増えた。いろんなところへ2人ででかけている。

以前にも書いたが,わが家では「目的のない学び」を意識している。学校の勉強は、習得すべき内容があって、プロセスが定められていて、効果が測定される(試験)。教科書にないことは勉強しないとか、試験に出ないことは勉強しないと、なりがちだ。わが家では、とりあえず参考書を使うが、目的は定めない。大学受験は目的ではない。どんなことでも、いつでも、どこでも、学んで欲しい。すべてが勉強だ。

第三子、第四子は、模試の成績をみると、大学受験に首尾良く対応しそうだ。もしそうだとしても、それは本題ではない。大きく、大きく、生きていって欲しい。キミたちの可能性は無限だ。いや、現実には無限ではないだろう。でも、親には限界が見えない。キミたち自身も、自分の限界は見えないはずだ。自分で思っているよりも、ずっと大きいだろう。小さくまとまらずに、いろんなことにチャレンジしてほしい。健闘を祈る!!

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