星葬 【インスタントフィクション #04】

「死体は燃えるゴミの日に出してくれ」
 それが彼の遺言だった。
 彼が死んで最初の金曜日。私はマンションのゴミ置き場に彼を捨てた。彼の身体は大きくて、一袋に入りきらなかったから、バラバラにした。
 風呂場の排水溝に吸い込まれていく血も、かつての彼だったと思うと、下水道で糞尿と一緒くたにされてしまうのが嫌で、タオルに染み込ませて、身体と同じ袋に入れた。
 
 町の中心にある小高い丘には、すでに人が集まっていた。ここは流星群がよく見えるスポットになっていて、いつも遠くの街からカップルがきていた。
 町のはずれにゴミ処理業者の建てた射場があり、今夜そこから打ち上げられるロケットに、彼が載るはずだ。
 定刻になった。射場からお尻に火をつけたロケットが、ゆっくりと空に登っていくのが見える。まるで細長い太陽のようで、あたりは白夜みたいに明るくなった。
ロケットを打ち上げるコストが昔よりも、うんと安くなってからは、日本各所の田舎町に射場ができ、毎週のようにゴミが宇宙に打ち上げられている。あるとき、奇を衒った自治体が、地球の重力圏内でゴミを切り離し、人工の流星を降らせる催しをはじめた。そのおかげで、こんな辺鄙な町にも観光客がくる。

 そろそろだ。放たれたゴミが重力に引かれて落ち、大気中の原子や分子と衝突する。夜のとばりが引き裂かれ、いく筋もの光が、向こう側の世界から地上を覗いた。
 どの輝きが、彼だろう。私の目が夜空の中を泳いだ。
「わー、きれい」
 あたりから歓声が上がる。耳障りな声に、彼の死が汚されているような気がして、私は叫びたくなった。
「あれって、全部ゴミなんだぜ?」
 ジッパーが閉じられるように消えていく光の隙間に指をかけて、夜の全部を裂いてしまいたい。
 私のすぐ隣で、ぶつぶつと何かを唱えている少女の声が聞こえた。願うな。ゴミの流星に何を叶えてもらおうというのか。叱ってやろうと思い、そちらを見やると、少女はその場に跪き、力強く掌を組んで天を仰いでいた。ただのゴミを信仰する少女のいたいけな姿に、私はハッと息をのんだ。それで初めて、私にはもう願い事がないのだと気がついた。彼が死んで、私はもう少女ではない。
 私は夜空に向きなおって、胸の前で掌を組むと「この少女の願いが叶いますように」と、心の中で唱えた。

 私はまだ丘の上にいて、降り注ぐ彼の塵に濡れていた。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?