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6月は出会いの季節かもしれない

 僕は今、23年間生きてきた人生で初めての経験をしている。

「あの、これと同じようなのか私に似合いそうなのありませんか?」

そう言って割れた眼鏡を差し出してきたのは、小柄でフェミニンなワンピースを着た女性だ。フェミニンの意味はあまりわからないが、梅雨時の6月にピッタリな白地に紫陽花のような模様が入っている。多分これがフェミニンだ。

 コロナ自粛が終わって眼鏡を作りに来た僕は、検査が混んでいて選び終わった後も意味もなく店内をウロウロしていた。そんな時、いきなり知らない女性から似合う眼鏡を聞かれてしまった。ぶっちゃけわからない。元の眼鏡もどうした? というほどフレームが曲がり、壊れている。新手のナンパかと期待したが、目を細めながら眼鏡を試着する彼女を見て本当に困っているようだ。

「目が悪いから、鏡見てもわからないんですよね」

「ああ、わかりますわかります。僕わざわざ眼鏡作るためにコンタクトしてきたりしますし」

「今度は壊れにくい眼鏡にしたいんですけど……。この辺のやつですよね」

「あ、これ、これどうですか?」

とりあえず目についた、赤い眼鏡を差し出す。驚いた顔をしつつも、受け取って鏡を見つめる彼女。スマートな赤い眼鏡は、優しそうな顔に全く合わなくて吹きだしてしまった。

「あー、違いますね。これは違う。ごめんなさい」

「いえいえ、斬新だなとは思いました」

こちらを見てほほ笑む顔に、不覚にもドキッとする。

 ショッピングモールの眼鏡屋で並んで選ぶ様子は、恋人に見えるんじゃないだろうか? 就活、大学の卒業に追われて、さらに入社したての僕は、ここ数年必死で恋なんてしていない。こんな風に女性と話すことも久しぶりな気がする。

「これはどうかな。似合ってますか?」

無難な黒縁眼鏡は、壊れた眼鏡と同じようなデザインだ。似合ってはいるし、意識してしまったからかわいいと思ってしまう。さらに別の眼鏡にしても全てが可愛く見えてしまう。しかし、せっかく意見を求められているのだから何か勧めなければいけない。

「あ!これにしましょう。べっ甲。僕もべっ甲の作ったんですよ」

どれを選んでいいのかわからなくなって、店のポスターで人気女優がかけている、上半分は黒で下半分はべっ甲のレンズが大きめの眼鏡を渡した。まじかよ……。こんなこと言っちゃ女優に悪いが、彼女の方がかわいい。色素の薄い黒髪と爽やかなワンピースに、眼鏡で知的っぽさがプラスされてしまった。

「か、かわいいです」

と、初対面の女性に思わず言ってしまう。

「え、本当ですか。うーん、じゃあせっかくだしこれにします。」

 

 自分が選んだ眼鏡を買おうとする彼女が気になって、レジに向かう姿を目で追っていると真っ赤な顔をして戻ってきた。どうしたんだろう。

「あの、ごめんなさい。私、あの……店員さんだと思ってて……」

今すべてを理解した。彼女は、初対面のよく分からない男に眼鏡を選んでもらいたかったわけでは無い。眼鏡のプロである店員に聞いたつもりだったのだ。そりゃ店内をウロウロしてたら、間違えるよな。

「本物の店員さんから、お連れの方と一緒に買えば2人とも安くなるよって言われて、お連れの方なんていないし意味わかんないと思ったら。本当、ごめんなさい」

 バツの悪そうな顔をしている彼女と、もしかしたら気があるのかと勘違いしていた僕の気まずい空間に本物の店員がやって来た。

「検査ちょうど空きましたのでどうぞ。あ、お会計一緒にしていただくとお安くなるキャンペーンをやっていてですね、」

僕たちを恋人かなんかだと思っているんだろう。そりゃそうだよな、初対面の男女は眼鏡選ばないよな。

「あ、じゃあお願いします。良いよね。まとめて払ってもらって、その場で現金で返すね」

あっけにとられた。間違いを指摘するのかと思ったら、急にタメ口になったうえに店員にフリを続けるのだ。店員が後ろを向いた瞬間、僕の耳を手で覆い、

「ほら、その方が二人とも安くなるじゃないですか。間違えちゃったお詫びに、浮いたお金でお茶ごちそうしますよ」

 

 同じようなべっ甲の眼鏡をかけて、ショッピングモールのカフェで向き合う僕たち。人生には、信じられないことが起きるんだな。さっき囁かれた耳の感触が今でも残っている。

「眼鏡、どうしてバキバキに割れてたんですか?」

「さっき映画観てたんですけど感動してしまって、エンドロールで涙を拭こうとしたら落としちゃって。探そうと立ち上がった時に踏んで……。1人で来てたから本当に困って、そのまま作ることにしたんです」

 ミルクティーを飲みながら話す彼女を、新しい眼鏡は鮮明に見せてくれる。

「私、眼鏡してなかったからよく見えてなかったけど、それ名札じゃなかったんですね」

たまたま選んだ私服のシャツに、たまたまセットで付いていたバッジをなんとなくオシャレだと付けていたが、形だけ見たら確かに名札だ。

「すみません、紛らわしくて。制服みたいな格好ですよね。ファッションとかよくわからなくて」

目の前でニコッと微笑む顔がとてもかわいかった。べっ甲の眼鏡がよく似合う。

「あの、時間があれば服選びましょうか?ここなら服屋さんたくさんあるし」

僕は赤べこのようにうなづき続けて、またニコッと笑う彼女を見つめた。




【妄想ショートショート部】
今週のテーマは、「眼鏡っ娘」「割れた眼鏡」でした。

https://twitter.com/daratoku/status/1276695142544498689?s=19


毎週お題を決めて、ショートショートを投稿しています。

珠玉のメンバーが妄想をぶちまけているのでお楽しみください。
【メンバー】
ダラ 
https://note.com/daramam

たね
https://note.com/cherry_seeds

チホケスタ
https://note.com/chihokesta

ミーシカ
https://note.com/mishka00

ハンプティ
https://note.com/humptyonthewall

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