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高校生が出会った”みんな正解!”のダンス

もえるように すべる
ぬめぬめと ころがる
「ハ~イ、これでダンス作ってね~」

と、自分が高校生の時に言われたら、困惑しその時間をいかにうまく乗り切るかだけを考え続けたかもしれません。ただ、自分が高校生のときにこの経験が出来ていたら、と今考えてみると、羨ましい気持ちにもなるのです。

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近畿大学附属豊岡高校 進学探究コースの1年生がそんな「ダンス」と出会ったのは、ダンストークと近畿大学附属豊岡高校と豊岡市が一緒に作り上げる「ダンスを通じた探究活動」プログラムでのこと。

今回は、高校生たちが初めてコミュニティダンスに触れた「出会いのワークショップ」について書きたいと思います。

自己紹介が遅れましたが、今回レポートするのはダンストークの田中です。現場で写真を撮ったり、参加もしたり、人々が交わり踊るダンスの場のおもしろさを肌で感じている人間のうちのひとりです。


自分が表れるダンス?

10月6日に開催された今回のワークショップは、

このプログラムでいう「ダンス」ってどんなもの?

を、高校生に体感してもらう機会。

もし生徒たちが「決められた振り付けを音楽に合わせて踊る」ダンスを想像していたら、少し驚いたかもしれません。このワークショップで生徒たちが経験したのは、想像していたダンスとは全く違うものだったと思います。

それでは具体的にどんなことをしたかと言うと、たとえば、2人組で向かい合わせになって、1人がする動きをもう1人が鏡のように真似をするミラーリング

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これはわたしも他の場でしたことがありますが、なんというか、自分が丸裸にされるような感覚になります。というのも、即興で動かなければいけないので、身体の状態だけでなく、性格とか、その時の感情までもが表れるような気がするのです。

たとえば、すごく気を遣う人なんだな、とか、大胆で意志が強い人なのかな、とか、緊張して戸惑っているな、とか。お互いにぴったりと動きを合わせようとすればするほど、言葉とはまた違うコミュニケーションを交わしているような感覚になって、相手のこともなんとなく分かるような気がします。

周りの目に敏感になりがちな高校生にとって、自分をさらけ出すこととか、その状態でコミュニケーションを交わすことはかなり難しいことだと思います。恥ずかしくて誤魔化したくなる気持ちもとても分かります。

だけれど、自分の動きと相手の動き、そして2人が生み出す空気の流れに集中しているペアは、側から見ても美しくておもしろい。やっている本人たちは踊っているつもりはないかもしれませんが、ずっと見入ってしまうくらい、それ自体が作品になっているように見えるのです。(シャッターを押す指も止まりません)

ダンスとしてのおもしろさに加えて、生活をしていると、自分をさらけ出さなきゃいけないタイミングとか、その状態で人と関わらなきゃいけない状況に出くわすことがありますよね。やろうと思って急にできることではないので、そういうことに慣れておく、感覚を掴んでおくことで、生きていく上で乗り越えやすくなることがたくさんあるのだろうとも思います。


自分の考えを伝える・相手の考えを尊重する

ワークショップの後半では、「ダンスあみだ」(上に副詞、下に動詞を書いたあみだでくじでフレーズを作る)を使って出来たフレーズをもとに、グループに分かれて短い作品を作りました。

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「もえるようにすべる」「ぬめぬめところがる」などのフレーズから動きを作って、それを組み合わせながら、発表することを前提に構成やフォーメーションまで考えます。

その子さんがルールとしてひとつ加えたのが、

全員の意見を必ずひとつずつ入れること。

正解がないことに対して自分のアイデアを言うことは難しいけれど、グループでひとつの作品を作るにはたくさんのアイデアが出ないと進まないし、人のアイデアを受け入れないとまとまらない。それに、出てきたアイデアをさらにブラッシュアップしていった方がより良いものになる。それに気づいたグループは、スムーズにクリエイションが進んでいるようにみえました。

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自分の考えを伝える・相手の考えを尊重する、ということも生きていく上で大事なことですが、それが学生時代に経験できる場は意外と少ないのかもしれません。


教える・教わるのではなく、影響し合う場所

今回のワークショップで、「教える」立場の人はひとりもいませんでした。その子さんやアシスタントの優さんは、あくまでも場を回す役割。やり方は説明するし、進むように刺激はするけど、実際の動き方などについて「教える」ことはしません。

クリエイションの場でも、生徒たちのアイデアを否定することは決してせず、話し合いが活発になるような新しいアイデアを投げ、そして判断は生徒たちに任せる、という姿勢。

さらに、いつもは「教える」立場の先生も、生徒たちと同じ立場で参加をしていました。いつもとは違う関わり方で、生徒たちが先生から刺激を受けるのと同じように、先生も生徒たちから刺激を受けているようにみえました。

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自分が学生だった頃を思い返すと、学校は「教わる場所」というイメージが強く、先生もやはり「教わる存在」として見ていたと思います。

出来不出来だけで評価されない環境で、答えがないことにたいして向き合い、自分を表現したり他の人の意見について考えたり、それを(先生も含めて)みんなで刺激し合いながらできる。それが”今考えると”学校で経験したかったことだし、これからの教育にあったらいいな、とも思うこと。

近高のこのプログラムは今のところ1年次のみですが、今回この経験を通して新しい発見があったり楽しさを覚えた子はもちろん、「全然できなかった」「とにかく早く終わるように祈り続けていた」という子にも、今後何か同じような経験でポジティブな実感が覚えられる機会があればいいな、と、ひそやかに思っています。


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「ダンスを通じた探究活動」プログラムはこの後地域のリサーチを経て、作品をつくって発表まで行います。今後のレポートもぜひおたのしみに!


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