ギャツビーの二度目の死

 朝起きると隣で彼女が眠っていた。僕は彼女を起こさないように布団から出て珈琲を作った。僕は珈琲を作りながら彼女を見ていた。朝の光は彼女の弱弱しくも美しい肌を何かから守るようにそっと包んでいて、彼女をより生き生きとさせていた。彼女の吐く息がこの1LKのちっぽけな部屋の中ではよく聞こえた。僕はその愛おしくも神秘的な吐息に合わせて珈琲を作った。


 ちょうど珈琲を作り終えたとき、彼女が起きてきた。彼女は放りだされた下着をつけながら、あくびをした。

「おはよう。」と彼女が言った。

「おはよう。」と僕は返す。

「珈琲できたけどいる?」

「うん。ありがとう。砂糖とミルクも頂戴。」

「わかったよ。何かかける?」

「pollyが聴きたいな。Nirvanaのやつ。」

「いいよ。」

僕は二杯の珈琲カップと砂糖とミルクを彼女のもとにもっていって、Never Mindを流した。Smells like teen spiritsが流れる。彼らが演奏する心地よい気怠さは眠りから覚めたばかりの僕らにはぴったりだった。

 「なんだかまだ夢の中にいるみたいな顔してるね。」と彼女が言って、コーヒーカップの淵を口に当てながら、不思議そうな顔をした。

「そうかもしれない。不思議な夢を見たんだ。」と僕は言った。実際に夢を見たし、それは暗示的でどこか掴みにくさのある夢だった。

「どんな夢を見たの?」

「ギャツビーが死んだんだ。夢の中でね。」

「ギャツビーってあのギャツビー?」

「そうだよ。華麗なるギャツビーのジェイ・ギャツビーだ。」

「確かに変な夢ね。」と彼女をわらいながら言った。そして飲み終わった珈琲を机に置いた。

 僕は夢の中でパーティーに誘われて、そこにはギャツビーがいた。彼はその集団の中の誰よりも紳士的で尊厳があったし、相手に有無を言わせぬ圧倒的な感じを備えていた。これがかのギャツビーか、と僕は思い、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。彼は僕を気に入ってくれて、彼の図書館まで見せてもらうことになった。

 夜も暮れて帰る頃になり、僕はギャツビーのもとを離れなければならなかった。彼は門のところまで僕を向かいに来てくれた。

「また会おう、友よ。」と彼は言いながら、僕と握手をした。僕は彼の力強くもやさしさに溢れた掌を感じ、ますます彼に対して惹かれていった。

 

 それから暫くして、一通の手紙が届いた。

ギャツビーが死んだ。

ピストルで撃たれた。

とだけ書かれていた。

 彼が死ぬのはわかっていたことだ。彼に会う前から、そして会った後でも僕はいつでもその事実を知っていたはずだ。それだのに、僕は彼との再会を誓い、また会えるものだと信じ込んでいた。なんて僕は愚かなんだと僕は思った。ふいに涙が頬を伝って落ちた。そのとき僕の中には、偉大な彼の死に対して、愛、怒り、畏敬、悲哀、憎悪、親しみのどれとも形容しがたい洪水の中に自分を沈めていた。

 夢から覚めると、僕は不思議な気持ちになった。どこか暗示的だったからだ。

 この夢は僕をどこへ連れていき、何を目撃させるのだろう。


本を買います。