観測者(仮)のディスクール

彼女と出会ったのは、と言っても恋人じゃあ
ないんだ。なにしろその当時すでに彼女には
結婚を控えていた婚約者がいたしね。
まぁなのでここでは「彼女」ではなく
「(仮)女」ということにするよ。

今から約15年前、2005年に僕たちは
出会ったんだ。きっかけはネットだったん
だけれど、もちろん出会い系とかじゃあ
ないんでそこんとこは誤解しないで欲しいね。
僕はこう見えてそういった類には酷く疎い
タイプでさ。街でナンパだってしたこと
ないんだぜ?自慢にはなんないけどさ。

当時は今ほどSNSが発達してなくてさ、
君には到底信じられない話かもしんない
けれど、なにしろLINEなんて世の中にまだ
なかったんだぜ?だからネットで出会って
リアルでも友達になるってことになるとだな、
個人でHPやらブログをやってる者同士が、
HPのBBS(掲示板のことさ)やブログの
コメ欄とかでコミュニケーションを取る
ってのが、もっともポピュラーな方法に
なるわけなんだ。

そういう点で僕らはイノベーティブだったな。
僕も(仮)女もお互いHPもブログも、すでに
この当時から運営してたわけだしね。

ちなみにHPはヒットポイントじゃあなくて
ホームページのことだからさ、そこんとこは
よろしく頼むよ。

さてそんなイノベーティブな我々だけれど、
お互い写真が好きっていう共通の趣味が
あったんだ。だから僕も(仮)女も写真主体の
HPを運営してたわけだけれど、まぁ僕の場合は
トイカメラでスナップ写真を撮る程度のもん
だったんで、残念ながらHPは断然過疎ってたん
だけれどさ、(仮)女のHPはすこぶる人気が
あってね。ファンも多くそこそこネットじゃあ
有名な女の子だったんだ。

僕はそんな(仮)女に憧れてた単なるいち
ファンにすぎないわけだし、当然ロムってる
だけのモブキャラだったのさ。だって僕みたい
なやつが、今の時代で言うところの、チャンネル
登録者数が数十人の底辺が、数万人のそこそこ
人気なユーチューバーにコメントだなんて、
逆にヒカキンレベルまで行くと気にしないん
だけれど、微妙なラインなんだよ。

わかるだろぉ?この数万人規模のちょうどいい
感じのファン数を持つユーチューバー感。
そんな人にコメント残すのってなんだかさ、
ガッついてるみたいで酷くダサいと僕は思っ
ちゃったんだな、これが。売名行為と疑われる
のもシャクだしさ。

それに正直言うとさ、こんな綺麗なタイプの
女の子になんて縁がないと思ってたし、まして
僕なんかと友達になってくれるだなんて、
絶対一生ないんだろうな、そんな風に僕と
きたら思ってたのさ。

想像してみて欲しいんだ、例えば君が、
菜々緒と友達になって飲み歩いている姿を。
イメージできるかい?菜々緒、なんだぜ?
僕には到底できなかったね。菜々緒と友達に
なってるイメージなんてさ!

だけれどある時思い切って僕はコメント
してみたんだ。だって考えてもみなよ?
ちょいとコメントするだけなんだぜ?
ハローって。にもかかわらず、僕ときたら
まったく。参っちゃうよな。

「友達になってくれるだなんて、
 絶対一生ないんだろうな」


これだもんな。いいかい?誰がそんなこと
言ったんだい。「友達」だってぇ?
笑っちゃうよな。自意識過剰にも程が
あるよ。勝手に友達になる前提で思考して、
コメントすることすら怖気付いてるんだもんな。
僕には酷く考えすぎる癖があるんだな。それで
行動が起こせないっていう欠点があるんだよ。

「やあ!弾コサックです。新宿よく
 行かれるんですね。僕もよく行くんで
 どこかですれ違ってたりして。
 偶然出会ったら、飲みましょう(笑)」


ちょっと飛ばしすぎちゃったかな?
いきなり飲みましょう、だなんて。

まぁでもさ、当然、万にひとつも、そんな
偶然はありはしないし、すれ違ってもきっと
飲むことは、ないんだ。断言出来るね。
菜々緒(仮)と飲むだなんて!そんなバカな
ことがあってたまるもんか!ありもしない
からこそ、こういうコメントは書けるって
寸法なんだ。

「いいですね。是非新宿で偶然、
 すれ違って飲みましょう!(笑)」


意外な返信がきてしまったよ。

わかっているんだ。僕だってそんなことくらい。
これは社交辞令さ。ただのテンプレってやつさ。
君に言われなくたって僕は心得てるんだ。

だけれど、偶然すれ違って?すれ違ったら、
ではなく、すれ違って??

考えすぎちゃう僕は妙にこのワードが気になって
しまったんだ。だってそうだろ?これじゃまるで、
偶然を装ってすれ違うみたいじゃあないか!

「そうですね!是非」

僕が用意していたテンプレみたいな陳腐な返信。
こんな返信でほんとうに、いいんだろうか?
このままこのテンプレ返しで後悔しないん
だろうか?僕はたちまち考え込んじゃったんだ。

菜々緒(仮)とは飲めない、こんな子とは
一生友達にもなれない。これは僕の確定した
未来
だと思っていた。だけれど、僕の返信次第で
世界が分岐する可能性があるっていうんなら、
返信は「そうですね!是非」じゃあない!

「やあ!昨日も新宿に行ったんだけどさ、
 さすがに偶然すれ違うってのは不可能に
 近い気がしてるんだ。だのでいっそ
 時間決めてすれ違った方が早いかも(笑)」


実は昨日新宿には当然行ってはないんだ
けれど、多少の嘘はこの際許して欲しいんだ。
世界を騙す為の嘘なんだからさ。

「たしかに(笑)じゃあ約束しましょう。
 いつ偶然すれ違う?」


そうして僕らは約束の日、偶然すれ違う為
新宿で待ち合わせをして、初めてリアルで
顔を合わせ、まんまと意気投合して飲み歩い
たんだ。

その日からずっと僕らは友達だったんだ。
2014年までの9年間、彼女に死が訪れる
5日前まで、僕らは確かに、友達だったんだぜ?

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