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就職旅#1.ドッペルゲンガー

2010年3月31日~4月5日まで「青春18」1枚で出た一人旅の記録。

0日目:東京「23:10発大垣行夜行列車ムーンライト」→

1日目:ムーンライト→5:45大垣到着→米原→西明石→姫路→相生→三原→宮島口(厳島神社)→広島(市内)

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ちょっと変な気分になって、周りがふらふらした。

酔ってもない、地震でもなにのに

何だか時空を超えて別の世界へ入った様な

常識では説明できない気分。

......

一瞬だったが、

僕は確実に見た。

向こう側線路に列車が進入する直前

反対ホームに立って、ちらっと目が会ったのは

間違えなく、自分自身だった。

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身の毛がよだつ…

ドッペルゲンガー(Doppelganger/別の自分)?

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続いてこちの方面も「ムーンライト」が来てしまい

その後、彼(?)の様子はどこでも見つからなかった。

とりあえず乗る。

着席後、思い出す。

気のせいか顔色が暗くて老けても見えた向こうの自分…

こちと同じ様、自分を見て当惑していた顔。

2010年3月31日夜23時10分

大垣行の夜行特急が「ムーンライト」は

滑る様に東京駅を出始めた。

やはり、疲れたから見間違えだったかな…

別の自分がいるなんてとんでもない話だ。

こんな時間だけど、今日は旅行の初日。


日本に来てちょうど4年になる本日

一人旅に出る。

内定...

2年間頑張った専門学校の卒業のセンチメンタルも少し、

帰国を覚悟した就職戦争で

最後でやっと生き残った。

2008年世の中を強打したリーマンショックの影響は

僕らの就活に直撃して来た。

観光を専攻した中古新人(?)の外国人の採用は

はるかに遠い道。

先生の紹介で行ったハローワークでも

正直、諦めた方が良いまで言われ

同級生たちもほとんど自分の国へ帰国決心。

とりあえず、アルバイトでもいいからどこでも入ってしまえばいいだろう…

という考えもあるかもしれないが、

外国人の在留に関する日本の法律は

自分の専攻分野就職じゃないと在留資格(ビザ)を認めない。

50人近くのクラスメイトの中、旅行会社内定はわずか数人…

いろんな意味でご縁だった

日本の新生旅行会社に

筆記試験、

1次面接、ディスカッション

2時面接まで進み

「努力絶対裏切らない」の結果だったか

結局僕は最後で笑った。

決して自分が優れたからじゃなくて

少し変わった(?)新生会社で何とかコードが合う気分を

最初から感じたから

運もあったと思う。

ただ、予定の4月入社が同じ合格したもう一人のビザの発給が遅れて

異例だが、一緒に5月入社になり

自分としては一か月の余裕が出来て

アルバイトやボランティアの介護職場での送別もちゃんとやってもらって

帰国する同期生の送別会や見送りまで出来て

これも神様の恵みだったかと思った。

それで、ビザ満了の3月を最後にして仲間の皆が周りから消えた。

わいわいだった、

生き生きだった昨日までの活気は

空に上がる煙の様に

一晩の長い夢の様に…

生き残ったが、完全に一人になって

寂しみが押し寄せたが、

4年前の今日、

日本に来た時も一人だった。

もっともっと一人だった。

そう、

旅に出よう!

自分の内定をお祝いする旅に出よう。

5日間快速、含めてJRローカル線限定で乗り降り放題「青春18きっぷ」が

今の予算には適切だった。

旅行会社職員になるから

下見として行くのも役に立ちそう。

世界遺産、厳島神社がある広島まで行って

帰り道で倉敷美観地区、岡山後楽園、姫路城、伊勢神宮、琵琶湖をめぐる旅。

節約のため、宿と食事は最低金額に抑える。

夜行列車「ムーンライト」は5日間有効の「青春18」を

事実上、1日延長されてくれる効果があった。

夜行列車は疲れるかど、時間も費用も稼げる効果があった。

大垣行の「ムーンライト」の中で日にちも月も変わり、

2010年4月1日が旅行の本格的な1日目になる。


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夜中を4時間半ほど走って大垣へ着いたのは朝5時45分

米原→西明石→姫路→相生→三原を乗り換え

やっと宮島口へ着き、

フェリー乗り場へ向かう。

リフレッシュになる春雨の中フェリーを待ちながら

昨夜すれ違った別の自分を思い出す。

本当の自分だったのか?

別の時空があり、それぞれ時間帯が違う

自分が存在しているのではないか。

事実だったら、

今の自分と先の自分

どちが本物ななのか…

<続く>




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