中井久夫。日本の精神科医。2022年に逝去。享年88歳。
精神医学界のみならず、多くの分野に多大な功績を残した。著書は、「詩」について多く言及されている。中井にとっての「詩」というのは、どれほど重要なものだったのか。統合失調症について長年研究してきた中井にとって、詩と統合失調症の研究というのは密接なものだったことが、この著書で語られている。
今の社会は、正解か不正解で、物事を判断しようとする「ジャッジ」思考が蔓延している。世の中どっちつかずというのが許容されない時代のように感じる。それは、白か黒でないグレーのように不明瞭な「分からなさ」に多くの人が不安を駆り立てられるからかもしれない。社会は、合理性、効率性を重視した経済中心の社会というのが前提としてあり、そんな社会に適応できるようにしていくというのが、昔から今日まで続く教育システムである。
社会に適応できない人は「発達障害」として括られてしまう現代。中井が言った統合失調症になりやすい人が社会から分類管理されたことと同様に。障害というのは社会が規定していると言えないだろうか。
社会性を重んじるあまり、規則化した言葉に縛られている私たち。規則に準じようといわばマニュアル人間化している。マニュアルにないことをしようとする、人と違うことをすると変な目で見られる、というのも原因なのかもしれない。和を重んじる日本人という体質的なことかもしれない。正答を求める教育のあり方であったり、知りたいことをSNSですぐにアクセスできる時代にあることも大きな要因だろうか。すぐに、正解や意味を求めようと性急になりがちな世の中にあって、言葉が上滑りしているような印象を受けてしまう。
中井にとって、詩を読むことは、因果関係からの解放してくれるものであり、未来へ飛翔するための力を与えてくれるもの、と語っている。
因果律で物事を捉えていては、言葉というものが息苦しくなっているように感じられる。言葉の持つ力を解放していかないといけない、と。本書を読んで、言葉の力が失われていることに気づかされた。