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死を前に

死を前にしたとき
生きているわたしと
苦しみに耐えるあなたとの輪郭の
境界にあるものはなんだろう
わたしはあなたに近づきたいのに
近づききらない何かが横たわっている
その何かが口惜しくて
わたしはあなたが残したゼリーを食べてみる
あなたになったつもりで食べてみても
あなたにはなりきれない
かつて、あなたに誘われて食事に行ったとき
「おいしいね」
と言い合って食べたあの魚の煮付けには
確かな味があった
それは厨房の料理人の手による
醤油や砂糖の味ではない
あなたとわたしが時の中に混ざり合って
味覚を刺激したが
このゼリーには味がない
味のないゼリーを平らげたわたしと
食べ切れず残したあなた
生きてほしいという思いが邪魔になりはしないか
ならいっそあなたになりたい
けれどわたしの命は
味のない食物を口に入れる繰り返しで
食べられないあなたの痛みをわかることなど到底できず
ごめんなさい
頭が
思考が
ぼうっとしていくばかり
そのうすら優しい時間が
あなたののっぴきならない苦しみとの境界に立ち塞がるものかもしれない
わたしはぼやけた穏やかな日差しの中で
今、わたしの首を絞めるような生を
今、あなたの首を絞めている生を
どうすればいいのかわからないでいる

2022.04.26

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