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小説新人賞落選後 鬱の本質

メフィスト賞撃沈から1週間が経ちました
鬱と呼んでいいのか分からないですが
心が本当に空っぽな、無な時間を過ごしてました

時間とは偉大で、ちょっとずつ心が動き出し
それに付随して考えもまとまってきました

新人賞に通らなかった絶望
その本質は何なのかなと、
鬱を乗り越える為、
その正体を探っていたのです
…現実逃避がてら

もともと挑戦であり、
その失敗でなぜここまで落ち込むのか
何かを失ったわけでもないのに

そう考えていたのですが、
どうやら間違っていたようです

明確に失っていたのです

それは、
自分は作家になった
という妄想、
そこから生まれていた充足感、幸福感でした

順を追って説明すると

新人賞に作品を出した瞬間、
作家志望の人間とは悲しいもので
「傑作がかけた!」「受賞間違いなし!」
という感情に支配されています。

これは自信とか、
ポジティブシンキングなどといった
生易しいものではなく
全く根拠のない確信に心が支配された状態です
つまりは、妄想です。

さらに僕の場合、
その妄想は心の中で成長し、
たかが感情が既成事実と化します。

発表手前には、おそろしいことに
自分は作家になった
という認識にまで昇華しているのです
これはマジです

そんな人間が、
落選を突きつけられたらどうなるか

いままで作家デビューをしていた気分に満たされていた人間が、
これ以上ない現実をつきつけられます

夢から覚めたどころの騒ぎじゃありません

いままで自分の人生の一部だったものを失った、
という感情が芽生えます

これが新人賞落選後に訪れる
絶望、鬱の本質なんだな、と
よくやく気づけました。

そう思うと、なんと馬鹿馬鹿しいことか
そして、なんて意地らしいことか

忌々しくもあれば、
愛おしくもあります

ようやく自分の感情と向き合え、
ようやく再出発が出来そう

そんな節目の日記でした。

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